『リトルバスターズ!』伏線検証メモランダム:共通シナリオ・5月17日(その1)

 地道に『リトルバスターズ!』のテキストを分析していく作業の成れの果て。何が得られるのかは,やってみないと分からない。正直,作家論的アプローチに頼らざるを得ないのが目に見えているので,気分は敗戦処理。でも,がんばる。
 ただし,Refrain編であからさまに回収される伏線は,その場面で触れれば足りるので,いちいち考慮しない。(ネタバレ注意)
 

【真人】「………」
真人が白い目で僕と鈴を交互に見る。
【真人】「おまえら,なんか…最近やけに仲良くねぇか?」
【理樹】「それはいいことじゃない,ね」
お茶を濁すようにそう言って,僕は苦笑いを浮かべる。
 
鈴が相談しているのは僕だけなんだ。
今更そのことに気付く。
それは,あの時,たまたま僕がそばにいたからだろうか。
そこに真人か謙吾がいたら,そのどちらかに相談していただろうか。
…相談していただろうな。
その時,真人と僕の今の立場は逆転していたはずだ。
…たぶん。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月17日)

 5月14日には直枝理樹の棗恭介に対する依存が示唆されていたが,今度は,棗鈴の直枝理樹に対する依存が示唆されていく。しかも,この段階の直枝理樹は,どちらの依存関係についても問題視していないかのようである。
 

【恭介】「あいつが何をしたいか,そんなことはわからない」
【恭介】「だって,あいつ自身わかってないんだろうからな」
【理樹】「まぁ,鈴はそんな節はあるっぽいけど…」
【恭介】「ただ,俺は明確な目的を持つ日まで,見守ってやってるだけさ」
【理樹】「そ…」
今の鈴は,おかしな謎解きに挑戦している。
それは明確な目的なのだろうか?
違うだろうな。
鈴は目の前にぶらさがっている,ふさふさした不思議なものを猫のように追っかけているだけだ。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月17日)

 正直,棗鈴の主体的意思というものが見えてこない。16〜17歳に相応な描写が皆無。棗鈴は,Tactics/Key諸作品を通じて,最も実年齢と乖離した幼い人格造形になっているといわざるを得ない。ここまでのきわどさが相似するのは,『Kanon』の沢渡真琴や『AIR』DREAM編の神尾観鈴だろうか(たとえば,『Kanon』の川澄舞は,相沢祐一の主観に基づく印象操作―ある一面を過度に強調することによるミスリード―があるものの,実際にはそれほど幼くない。そして,『ONE〜輝く季節へ〜』の椎名繭は,実年齢からして幼いので,ここでは該当しない。また,『CLANNAD』の伊吹風子は,そういう観点を超越しているので,やはりここでは該当しない)。もちろん,棗鈴の幼さを意義付けることは可能なのだが,ここでは深く追究しない。
 他方で,「目的を持つ日まで,見守ってやってる」棗恭介の構図は,Refrain編であからさまに回収される伏線だし,特に掘り下げるべきものもない(え)。
 

【理樹】「そういえばクド」
【クド】「はい?」
【理樹】「来ヶ谷さんっていつも窓際にいるよね」
【クド】「ご自分の席が窓側だからだと思いますけど…」
僕は窓際でなんだか分厚い本に視線を落としている来ヶ谷さんを見ながら言った。
【理樹】「いや,そういうことじゃなくって…」
なんだろう。少し違和感を僕は覚えた。
でもそれだけだった。
【クド】「…?」
【理樹】「いや,なんでもないよ」
来ヶ谷さんはページをめくるのを止めて,外を眺めている。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月17日)

 む。違和感の正体は探られるべきという,テキスト読解の基本に照らすと,これは来ヶ谷唯湖シナリオに向けられた伏線ということなのだろうか。直枝理樹は「来ヶ谷唯湖がいつも窓際にいること」に違和感を覚えるが,それはなぜか。そして,なぜ彼は「少し」だけ違和感を覚えるのだろうか。保留。
 それはさておき,違和感を覚える描写を「違和感を覚えた」と直接ここの地の文で独白させるのは,実況調一人称としていかがなものか。

教室の中の来ヶ谷さんはちょっと話しかけづらい。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月17日)

 一応,ここを手がかりにしておくべきか。直枝理樹と能美クドリャフカの会話に一行,挿入された地の文(直枝理樹の独白)である。
 

【三枝】「昨日の夜,『門限守りましょう』の張り紙が破けちゃったから書き直そうかと思って」
【理樹】「購買部に売ってなかった?」
【三枝】「購買部で買うとバレちゃうでしょ?」
【理樹】「…まさか,破ったの?」
【三枝】「破けちゃったの」
三枝さんは真面目な顔で繰り返した。
【三枝】「張り紙はきちんとしなくっちゃねっ」
【理樹】「破ったんだね?」
【三枝】「きちんとしなくっちゃねっ」
【理樹】「…破ったんだ」
【三枝】「しなくっちゃねっ」
【理樹】「……破りました?」
【三枝】「ダメだなぁ理樹くん。破っちゃダメだよ」
【理樹】「なんで僕が注意されるかなあ」
【理樹】「…あ,机の中にあった。なんでだろ。まぁいいや。はい」

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月17日)

 昨日に引き続いて,三枝葉留佳を問題児に位置付けるラベリングが,さらに進む。同じ話題が四回繰り返され,執拗に印象付けようとしている。ただし,そのラベリングは,直枝理樹による主観と誘導(読み手側に対する)に過ぎないことに注意。三枝葉留佳シナリオ(特にバッドエンド)読解のヒントになると思われる。
 

【クド】「わ,わ,みなさん,押さない,で,わっ」
教室から他のクラスメイトに押し出されるようにクドが出てくる。
つんのめったクドをひょい,と来ヶ谷さんは襟足を掴んで静止させた。
【クド】「あ,どうもありがとうございます」
ぺこ,とクドが頭を下げる。
【クド】「移動教室はどちらでしたか?」
がやがやと教室を出ていくクラスメイトを見送りながらクドが尋ねた。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月17日)

 能美クドリャフカとクラスメイトとの距離感に,一応注意しておこう。彼女は,クラスメイトから「押し出され」ており,「がやがやと」賑やかに出て行くクラスメイトを「見送」っている。しかも,クラスメイトたちは,能美クドリャフカが「押さない,で」と話しているにもかかわらず,彼女の言葉に取り合っていない。
 

【来ヶ谷】「そういうことなら,手伝ってもいい。寮長に話をつけるところからだな」
【理樹】「それは女子寮長にって,ことかな?」
【来ヶ谷】「そうだな,寮長継承がまだだから三年生だったと思うが」
【来ヶ谷】「確か鈴君の知り合いでもあったはずだ」
【来ヶ谷】「鈴君に話を通してもらったほうがスムーズかもしれんな」
【理樹】「なんで鈴が寮長と?」
【来ヶ谷】「今の寮長も猫好きだからな」
【理樹】「あぁ,なるほど」

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月17日)

 観察者としての女子寮長さん。彼女が棗鈴についてどのようなコメントをするか,一応注目。直枝理樹以外の視点から棗鈴がどのような存在として映っているか,参考になるはずだ。
 

どすっ!
【真人】「うおっ!?」
前のめりになり,机に倒れ込む。
誰かに背中を蹴られたようだった。
【来ヶ谷】「全く,馬鹿どもが…時と場合を考えてじゃれ合え」
その主が真人の背後に立っていた。
【男子生徒】「く,来ヶ谷だ…」
その登場に,あたりはどよめきが支配し始めた。
【真人】「てめえ,何しやがるっ」
【来ヶ谷】「それはこっちの台詞だ。こんなとこで何してやがる」
【来ヶ谷】「やるなら場所を変えろ。席まで戻れん,どけ」
来ヶ谷さんの行く道が,モーゼの伝説のように開けていく。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月17日)

 いつも窓際から外を眺めている来ヶ谷唯湖に引き続き,彼女の行く道からクラスメイトが一斉に引いていく来ヶ谷唯湖の姿。猫に囲まれるときの棗鈴能美クドリャフカと他のクラスメイトとの会話,三枝葉留佳の問題児ラベリングにも,通じるところがある。これらは,いずれも一貫して,彼女たちと旧リトルバスターズ以外のクラスメイトとの距離感を測る象徴的エピソードになっているふしがある。
 すなわち,一見コミカルでスルーしそうになる描写に,実はシリアスな側面が内包されているという叙述スタイルである。歴代のTactics/Key諸作品に照らすと,台詞や挙動にダブルミーニングが秘められていることは頻出なのだが(『AIR』DREAM編の神尾観鈴シナリオであっても,こちらの典型例に留まる。なぜならば,彼女の言動は最初からシリアスなのであり,コミカルではない。原因が隠されているだけなのである*1),それよりもさらに深刻な問題を忍び込ませる多重表現となると,『ONE〜輝く季節へ〜』長森瑞佳シナリオにおける“記憶の捏造された幼少期の思い出話”にまで遡るのではないだろうか。
 

【来ヶ谷】「ならば私が勝ったら昼の放送に『本日の2−E井ノ原君』という,キサマの恥ずかしいことを赤裸々に公開するコーナーを設置してくれよう」
【来ヶ谷】「周囲の視線に晒され,安息の日々もない生活を送る恐怖を味わうがいい…!」

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月17日)

 来ヶ谷唯湖と放送室の繋がりを示唆する,初めての台詞。ギャグの中に埋没している軽い伏線。
 

【来ヶ谷】「キミはでかくて強くて堅いが,下手だ」
なんかこの人が言うとエロく聞こえるのはなぜだろう…。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月17日)

 そうだったのか,真人…。ではなくて。実は結構,井ノ原真人の人物講評として,妥当している。Refrain編“Episode:真人”で明かされる,気の長い伏線。
 

【恭介】「しかしなかなかいい動きだったな,来ヶ谷」
【来ヶ谷】「まぁ,まともに相手しちゃ一方的にやられるだけだろうがな」
【来ヶ谷】「頭弱い子ならいくらでも相手できる」
【恭介】「そいつは頼もしいことで」
ふたりは苦笑しあう。
【恭介】「さて…じゃあ理樹,後は任せた」

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月17日)

 Refrain編“Episode:真人”に向けられた気の長い伏線。直枝理樹と棗鈴が井ノ原真人を倒すときのコツがさりげなく仄めかされている。

*1:さらにいえば,『AIR』の突出振りは,その真相に辿り着けなかったところにある。作中の登場人物も,作外の読み手側も,すべて,ただ推し量る=物語化することしかできなかったのである。