『リトルバスターズ!』伏線検証メモランダム:共通シナリオ・5月16日(その2)

 地道に『リトルバスターズ!』のテキストを分析していく作業の成れの果て。何が得られるのかは,やってみないと分からない。正直,作家論的アプローチに頼らざるを得ないのが目に見えているので,気分は敗戦処理。でも,がんばる。
 ただし,Refrain編であからさまに回収される伏線は,その場面で触れれば足りるので,いちいち考慮しない。(ネタバレ注意)
 

【風紀委員3】「また逃したらしい!」
【風紀委員4】「また!? 委員長の機嫌が悪くなるぞ。知られる前に捕まえろ!」
…騒がしい,と思ったら腕章を着けた風紀委員がバタバタと委員会室に出入りしている。
ああ,完全にトラブルが発生している様子だ…。
(中略)
【三枝】「駄菓子屋さんでビー玉貰ったの。それでお昼休みにばらまいて綺麗だなー,とかしてただけ」
【理樹】「え,どこで?」
【三枝】「ここ」
【理樹】「…委員会室で?」
【三枝】「そう」
うむ,と頷く女の子…って,三枝さんじゃないか!

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 ビー玉をばらまくいたずらを仕出かす三枝葉留佳。風紀委員からトラブルメーカー視されていることは間違いない。しかも,知られると「委員長の機嫌が悪くなる」と風紀委員たちは考えている。しかし,よく考えてみると,彼女がビー玉をばらまいたのは,委員会室の中だけ。このあと,廊下にもビー玉をばらまいたが,それも風紀委員を狙い撃ちしている。
 

【三枝】「とりあえず」
【理樹】「とりあえず?」
【三枝】「逃げるっ!」
【理樹】「え,え,えぇぇぇーーっ!?」
三枝さんは僕の手を引いて走り出した。
うむ,と頷く女の子…って,三枝さんじゃないか!

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 手を繋ぐ場面。しかし,Tactics/Key諸作品で極めて重要な繋いだ手のモチーフの採用例というほどのものではない。
 むしろ,『Kanon月宮あゆシナリオにおける,たい焼きの食い逃げシーンと重なるものがある。とするならば,その悪ふざけには,実はそれなりに悪意のない理由や配慮が及んでいるという類推が及ぶのだが。

【三枝】「さてさて,回収しにいくかな,ビー玉」
【理樹】「あ,やっぱり回収するんだ…?」
【三枝】「いざという時のためにまた必要だからねっ!」
【理樹】「そんな時が来ないようにしようよっ!」
思いつきだけで行動する女の子ということを思い知らされた僕なのだった。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 現に,こうして,その直後に三枝葉留佳は,廊下にばらまいたビー玉を律儀に回収しに行く。彼女の台詞と裏腹に,存外に風紀委員以外には迷惑をかけないように心がけている。ここでの直枝理樹の感想は,むしろミスリードになっている。
 

【恭介】「…野球に必要なものはなんだと思う?」
…なんだか微妙な質問だ。
いきなりそんな本質を訊かれて,すぐ答えられる人間もそうはいないと思うけど…。
【神北】「え〜と…」
【神北】「ガッツと」
【神北】「勇気と」
【神北】「そして友情」
【恭介】「…合格ッ!!!」
恭介はがっし,と神北さんの肩を掴んだ。
【神北】「うん,がんばりますっ!」
【理樹】「ちょ,ちょっとまったぁっ!!」

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 茶化された会話ではあるが,実は『リトルバスターズ!』のテーマとしても,ここで言及されていることは,結構妥当している。意味深というほどではないが。
 

思った以上に鈴がフレンドリーだ。
【理樹】「………」
…僕が心配していたより,鈴は人見知りをしないのかもしれない。
なんでか,ずっと不安だったんだけど…。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ/棗鈴シナリオ1周目経過後・5月16日)

 棗鈴シナリオ1周目を経過した後,棗鈴神北小毬が交わす挨拶のシーンが変わる。棗鈴と直枝理樹の記憶と経験が潜在的繰り越されていることが示唆されている。
 

【神北】「私ひとりが大変な分には別にだいじょうぶだから〜」
【理樹】「…いやまあ」
そういう性分なんだな,と理解した。
…やっぱりそれこそ無理に断るほうが,神北さんはがっかりするだろう。
【神北】「うん,運動とか苦手だけど,がんばってなんかでカバーするよ」
【理樹】「みつかるといいね,その『なんか』…」

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 自分が中心になるのではなく誰かのために寄り添う,という彼女の位置付けについて,5月15日の教室でクラスメートと談笑する場面に引き続き,今度は野球チームにおける彼女の役割というかたちで,再言及されている。神北小毬は,基本的に「カバーする」人物であるということ。Refrain編“さいごのゆめ”に到る棗鈴との関係性を想起させる伏線。
 もっとも,「そういう性分なんだな,と理解した」と直枝理樹に一人称独白させて直接触れるのは,はっきりいって,文体として,くどい。
 

【神北】「じゃ,ばいばい理樹君」
神北さんは女子寮へ向かっていく。
【理樹】「………」
【理樹】「最後,名前で呼ばれたな」
今度のときは,こっちも名前で呼んでみよう。
…『神北小毬(かみきた こまり)』。
【理樹】「なんというか…」
【理樹】「らしい名前だよなぁ…」
いつでも自爆して困りまくりの少女を思い,ちょっとおかしくなった。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 そういえば,当初,神北小毬の台詞表記は「神北」と苗字になっている。台詞表記での苗字と名前の使い分けを徹底することで,視点キャラとの心情的な距離感を表す演出手法。歴代のTactics/Key諸作品ならば,『ONE〜輝く季節へ〜』の長森瑞佳シナリオ,七瀬留美シナリオ,椎名繭シナリオや,『CLANNAD古河渚シナリオで採用されている。
 

ぐるぐる,と腕を回していると,駐車場から宅配便の軽トラックが走り去るのが見えた。
【理樹】「あれ,おかしいな」
荷物の受け取りは,寮の玄関の宅配ボックスを使用するはずなんだけど。
【理樹】「ん?」
広場の端っこから,頼りなくふらふらと向かってくる物体を認識する。
その物体は白地にカエルのマークをつけたダンボール箱を三つも積み重ねている。
それから一番下から白い棒っきれを2本突き出してよたよたと前進していた。
僕はなんとはなしに足を止めた。
【??】「ふぅ,ふぅ」
僕まであと2メートルといったところでそれは歩みを止めて,荒い息をついていた。
どうやら生き物らしい。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 能美クドリャフカの初登場シーン。初っ端に具体的描写を細やかにすると,キャラ立ちしやすい。

どうにか英語で言葉を返そうとしても,日本語が出てしまう。
それがクドリャフカという女の子だった。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 せっかく前後の具体的描写が細やかで,それを踏まえれば自然と読み手側に刷り込まれる情報であるにもかかわらず,わざわざ地の文で指摘する必要はあるのだろうか? 表現技法として難しい問題のような。
 

僕が止める間もなくダンボール箱はずるりと滑ってトスントスン,と地面に落ちた。
【理樹】「うわ,ごめん」
僕は慌てて屈み,地面に落ちた箱をふたつ持ち上げた。
少し小さめの箱(宅配便で言う120サイズの箱だ)は想像していたより軽かった。
箱の中身は,小物類なのかもしれない。
(中略)
【理樹】「それでこの荷物はどこから?」
【クド】「おじい様がわたしの服を送ってくれたので」
【クド】「あ,おじい様は今フィンランドに居るそうですけど」
【理樹】「じゃあ国際便なんだ」

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 一応,このとき,何が能美クドリャフカ宛に送られてきたのか,留意しておくとよいのだろうか。
 

始業式の日,すごい雨が降った。
僕たちは雨の中水鉄砲を打ち合うという馬鹿なことをしていたのを思い出しながら答える。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 Tactics/Key諸作品に頻出する「遊び」のモチーフ*1が,シナリオ本編開始以前から,無数に存在していたことへの言及。
 

クドは考え込んだ。
【理樹】「クド?」
【クド】「あ,いえ…そうであれば棗さんの邪魔をしていたのかなと思いました」
【理樹】「あー,いや。鈴はそんなこと気にしないと思う」
多分だけど。
【クド】「そうでしょうか…」
【理樹】「クドは誰かと一緒のほうがいい?」
【クド】「出来たらそのほうがいいです」
こくこくとクドは頷いた。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 能美クドリャフカも,「ひとりが辛い」(OP「Little Busters!」歌詞)のだろうか。そして,「邪魔をしていたのかな」という彼女の台詞から,彼女の他者との関係性に対する認識が仄見えなくもない。
 

【女子生徒】「あ,能美さんおかえりー」
【クド】「あ,はい,ただいまです」
【女子生徒】「直枝くんもおかえり」
【理樹】「うん,ただいま,っておかえりはないんじゃないかな…」
【クド】「そうなんですか?」
クドはきょとんとする。
【クド】「みなさん,帰ってくるときは挨拶をしてくれるです」
【クド】「男子のみなさんはそうではないんでしょうか?」
【理樹】「全然そうじゃないね。というか」
おかえりー,おつかれー,と行き来する女子たちはクドに挨拶をしていく。
クドはそのたびに足を止めて,ただいまです,とぺこんと頭を下げていた。
【理樹】「…なんでみんな挨拶してくるの?」
【クド】「…入寮のときの自己紹介でちょっと嘘をついてしまいまして」
クドは俯きながら右と左の人差し指をつんつんさせた。
【クド】「…日本語のことよくわかりませんって」
【クド】「ようこそ! って言われてありがとうございます,って返しちゃったんですー…」
まったく嘘になってない。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 このエピソードが挿入されている意味は,この段階ではよく分からない。寮に帰ってきたとき,「おかえり」という挨拶を交わすことに,何か仕込みがあるということだろうか。保留。
 

【クド】「直枝さん,今日はどうもありがとうでした〜っ」
入り口前の階段を下りはじめた僕の背中に,クドの声が降ってくる。
ちょっと恥ずかしい。
広場の位置から女子寮の方を見ると,ぽつねん,とある階段の人影はまだ手を振っているようだった。
僕はやっぱり苦笑し,そういえば夕飯がまだだったな,とようやく思い出したのだった。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 夕焼けと「ぽつねん」と伸びる人影に覆われた情景描写。いわゆる「影一つ」。能美クドリャフカは,このとき,ひとりぼっちかもしれない,という暗喩である。ちなみに,ひとりぼっちなんかじゃない世界に対する希求は,歴代のTactics/Key諸作品ならば,『Kanon月宮あゆシナリオ,水瀬名雪シナリオ,美坂栞シナリオが端的。『AIR神尾観鈴シナリオでも構わない。
 

【鈴】『実はだな…』
【鈴】『クラスメイトだからだ』
【真人】「それを早く言えよっ」
【鈴】『だから,そんなよくわからない言葉で追いたくない』
へぇ,と僕は感心する。今までならあまり深く考えずに行動していたところだ。
【理樹】「ちなみに誰だったの?」
【鈴】『西園…さん』
(中略)
【謙吾】「誰かとぶつかったようだぞ…」
【鈴】『しまった,大丈夫か,西園さん』
【鈴】『怪我はないか,西園さん』
【鈴】『あれ? 西園さんはどこだ?』
【声】『その人のことは心配できても…わたくしの心配はしないってどういうことかしら!?』
相手は笹瀬川さんだった!

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ/棗鈴シナリオ1周目経過後・5月16日)

 棗鈴シナリオ1周目を経過した後,野球チームのメンバー探しでも,棗鈴の振る舞いが変わる。棗鈴の記憶と経験が潜在的繰り越されていることの示唆。棗鈴は,1周目では西園美魚との間で会話がまったく成立しなかったが(というより,彼女を識別できてなかった感すらある),2周目以降,西園美魚に対して,早くもこの段階で識別と配慮ができるようになっている。