『リトルバスターズ!』伏線検証メモランダム:共通シナリオ・5月17日(その2)

 地道に『リトルバスターズ!』のテキストを分析していく作業の成れの果て。何が得られるのかは,やってみないと分からない。正直,作家論的アプローチに頼らざるを得ないのが目に見えているので,気分は敗戦処理。でも,がんばる。
 ただし,Refrain編であからさまに回収される伏線は,その場面で触れれば足りるので,いちいち考慮しない。(ネタバレ注意)
 
 今回は,西園美魚の初登場シーンを集中的に採り上げる。担当シナリオライターは,樫田レオ氏。

【恭介】「ボールが切れた」
グローブを下ろして,恭介が立ち上がる。
【理樹】「集めようか?」
【恭介】「ああ」
僕は最後に打った,校舎を越えたボールを探しにでる。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月17日)

 草野球の練習で球音が飛び交う土のグラウンドの喧騒から,とても静かで緑の芝生が広がる校舎の中庭へ。ころころと転がる白いボールを探すうちに,直枝理樹の視点は移動していく。

グラウンドの喧噪も,中庭までは届かない。
下校する生徒もまばらな時間,無機質な校舎に囲まれた中庭はとても静かだった。
 
【理樹】(こっちの方までは飛んでこないと思うんだけど…)
まぐれ当たりにしても,よく飛んだものだ。
自分が打ったのに,びっくりしてしまう。
グラウンドの端から一回り見て来たが,ボールが落ちている様子がない。
段々と真人たちから遠ざかりながら,気がつけば僕はここまで来ていた。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月17日)

 遮るものがなく開放的なグラウンドから,校舎に囲まれて内閉的な中庭へ。土色から白球に連れられて緑色へ。音動から静寂へ。このような空間把握,視覚,聴覚を徐々に収斂させていく情景描写は,対比的な記号を積み重ねるレトリックによるところが大きい。

  
<グラウンドから校舎の中庭へのコントラスト>

【理樹】(さすがに,ないだろうな)
時間も随分経ってしまった。
一度戻った方が良さそうだ,そう思った時。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月17日)

 ここ一連の「びっくりしてしまう」→「一回り見てきた」→「様子がない」→「遠ざかりながら」→「気がつけば僕はここまで来ていた」→(さすがに)→「経ってしまった」→(良さそうだ)→「そう思った時」という叙述の時制は,現在形→現在完了形→現在形→現在形→現在完了形→(独白)→現在完了形→(独白)→現在形の順。たとえば,“探し物をするうち,考え事をしていると思いのほか時間が経過していく。そして,ふと我に変える瞬間”。
 このように,“急→緩→急”の溜めとメリハリによって,実況調一人称の時間感覚を操作していくと,読み手側の注意を惹きつける文体上の効果が発揮される。ような気がする。

中庭の端,大きなケヤキの木の下に白いものがあった。
人がいるみたいだ。
ダメもとで訊いてみようか。
傘,だ。
人かと思った白い影は,木の下に広げられた日傘だった。
どこかで見たことがあるような。
この傘って,もしかして…。
傘に気を取られていたから,気づいた時にはすでに遅かった。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月17日)

 視野の端を白いコントラストが掠めると,その白い傘に「気を取られ」るように,直枝理樹は,ここで一歩一歩,白い日傘のほうへ歩み寄っていく。「歩く」という挙動は一言も直接言及されないが,「白いもの」→「白い影」→「傘」→「広げられた日傘」と直枝理樹の視覚と知覚が,徐々に具体化していくことから,彼が芝生の奥へと緩やかに移動していることが分かる。
 カメラワークが見えるように,地の文が書かれているということである。ちなみに,テンポも,これで“急→緩→急→緩”。

【声】「ひゃぅっ」
靴ごしにも分かる。
つま先に,やわらかな感触。
そして,変な声が聞こえた。
傘がしゃべったっ!!
…ってそんな訳はない。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月17日)

 短い女の子の悲鳴を挿入して,テンポを再び“急”に切り替える(急→緩→急→緩→急)。


西園美魚のテーマBGM「光に寄せて」に切り替わるタイミング>

僕の視線の先には女の子がいた。
【理樹】「………」
僕を見上げていた。
そして──。
僕の後ろに広がる青い空を──見ていた。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月17日)

 そして,最後にテンポはやはり“緩”に転じて(急→緩→急→緩→急→緩),ヒロインの初お披露目となる。すっかり白い日傘に気を取られていた直枝理樹の認識が,触覚→聴覚→視覚の順に回復していく描写は,実況調一人称のコツを踏まえている。こうして明かされるのは,直枝理樹が気を取られていたのは,白い日傘ではなく,本当は,木の下に座る少女だったんだ―というボーイ・ミーツ・ガール的な物語化(意味の後付け)の端緒。すなわち,ストーリーラインの転換点である。
 それにしても,この数行に込められた視覚イメージの情報量は,本当にものすごい。
 たとえば,視点キャラとしての直枝理樹の空間把握(視界)は,広いグラウンドから狭い校舎の中庭,さらに芝生の奥の木の下へ,と狭まっていく。上下感覚についても,打ち上げられた白球から,ボール探しをする地面,そして芝生の木の下の足許へと,いったん上空に振られた後,緩やかに下降していく。こうして,空間把握(視界)も,上下感覚も,直枝理樹と向かい合うひとりのヒロインへと吸い寄せられていく。
 ところで,ここで直枝理樹が,彼の「後ろに広がる青い空」に気付くことができたのは,なぜだろうか。それは,「彼の視線の先に」いた女の子の瞳に,青い空が映っていたからに他ならない。とするならば,直枝理樹の空間把握(視界)は,先の繰り返しになるが,広いグラウンドから狭い校舎の中庭,さらに芝生の奥の木の下へ,そして,西園美魚の顔,彼女のまなざし,彼女の瞳へと,立体から面,面から点へと,徹底的に凝縮されるべく,地の文が誘導していることも分かるだろう。
 その上で。―そこまで引き寄せた瞬間,カメラワークが反転する! ここが肝心なのだよ,ダニエル(誰?)。
 視点は西園美魚へと移転し,校舎の中庭という内閉空間から,解き放たれるように,しかも染み渡るように*1,青い空が―広がる! 芝生に座り込んだ木陰のそば,地面すれすれな目線から,西園美魚は,彼女を覗き込む直枝理樹の背中越しに―彼のシルエットで陽光が一部遮られるコントラストの中で,はるか彼方へと青空を仰ぎ見ているのだ。一点にまで圧縮された後,開放される視界と色彩,そして立体感! 直枝理樹は,そんな西園美魚の瞳を通じて,「僕の後ろに広がる青い空を」見つめている。ここが肝要なんだよ,なんてこったい,ダニエル!(だから誰?)*2
 実に映像栄えしそうな情景描写ではないか。まるで,テレビアニメ版『AIR』第1話の霧島佳乃・初登場シーンや,テレビアニメ版『Kanon』(第2期)の水瀬名雪・初登場シーン並みに,一瞬のうちに切り替わっていくカメラワークを使い込んだアニメーションを,思い浮かべずにはいられない。
 こうしてみると,樫田レオ氏による西園美魚・初登場シーン冒頭は,涼元悠一*3が実況調一人称の地書きについてヘミングウェイを援用しながら指摘した「見えるように,聞こえるように,触れられるように」の原則*4に極めて忠実な文体になっているといえるだろう。

*1:地の文が“―”で間合いを計っているのは,このニュアンスを出すためではないだろうか。

*2:ちなみに,「いや,直枝理樹も西園美魚の視線に釣られて,後ろを振り返ったのでは?」というツッコミは甘んじて受け容れる。それはそれで…アリだ!

*3:元Key所属シナリオライター,現Leaf所属シナリオライター

*4:涼元悠一「ノベルゲームのシナリオ技法」134-140頁(秀和システム,2006年,ISBN:4798013994)より。