『リトルバスターズ!』伏線検証メモランダム:共通シナリオ・5月16日(その1)

 地道に『リトルバスターズ!』のテキストを分析していく作業の成れの果て。何が得られるのかは,やってみないと分からない。正直,作家論的アプローチに頼らざるを得ないのが目に見えているので,気分は敗戦処理。でも,がんばる。
 ただし,Refrain編であからさまに回収される伏線は,その場面で触れれば足りるので,いちいち考慮しない。(ネタバレ注意)
 

恭介は新聞を読みながら,食べている。
【真人】「なんか目を引く事件でもあったか?」
【恭介】「ああ…嫌な事件が世の中起こるもんだぜ」
【恭介】「鈴,たまには新聞でも読んでみないか」
【鈴】「………」
【理樹】「猫の食事に集中しすぎていて,聞いてないね…」
【謙吾】「漫画ばっか読んでるおまえが言える台詞か」

【恭介】「まあ,そういう俺も4コマ漫画目当てなんだが」
結局そこなのか…。
【恭介】「お,面白いじゃないか。当たりだぜ」
僕も,最近まで図書室に新聞を読みに通っていた。
でも…恭介の言うとおり,世の中嫌な事件ばかりで暗い気分になるから,ある報道を境にやめてしまった。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 能美クドリャフカ シナリオに向けられた気の長い伏線。下記参照。

僕はすっかり食事が喉を通らなくなっていた。
暗くなる報道ばかりだ…
そのときだった。
携帯が鳴り出す。

(『リトルバスターズ!能美クドリャフカ シナリオ・“Episode:クドリャフカ”)

 生活世界でも修学旅行以前に,テヴアでの事件は確実に発生していたものと思われる。ただし,この世界における5月16日の直枝理樹は,新聞を読むことをやめるきっかけとなった「ある報道」が何だったのか,具体的に思い至ない。生活世界では過去の出来事であっても,この世界では未来の出来事だからである。つまり,時制が混濁している。
 

…三枝さんはこんな具合に僕たちの教室にすっかりとけ込んでいるのだった。
【理樹】「とけ込んでいるのかな?」
少し疑問に思わないでも,ない。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 三枝葉留佳シナリオに向けられた伏線。こちらのクラスでも,彼女を巡って微妙な違和感が漂っていことの示唆である。これは,生活世界における修学旅行前の彼女の状態を指し示しているのだろう。直枝理樹がここで「疑問に思」うのは,この世界での理樹たちのクラスが三枝葉留佳を快活に受け容れているような外観があるにもかかわらず(生活世界での過去の彼女についての再現),生活世界での現在の彼女についての彼の記憶がそこはかとなく及ぶためと思われる。やはり,時制が混濁している。
 

【声】「こっちだ,少年」
後ろからの声に,僕は振り返る。
…誰もいない。
【声】「どこを見ている,こっちだ」
横からの声。…姿は見えない。
【理樹】「いや…声で正体はわかるんだけどさ」
【理樹】「出てきてよ,来ヶ谷(くるがや)さん」
聞き覚えのある声に,そう返答をした。
【来ヶ谷】「もう出てるけどな」
【理樹】「うわっ」
いつのまにか,最初向いていた方向に来ヶ谷さんが現れていた。
【来ヶ谷】「これは『横や後ろばかりじゃなくて,前向きに生きろ』という,わずかな示唆を表してみたわけだが」
【理樹】「…いや,だってさっきは後ろと横から声が…」
【来ヶ谷】「なんだ,幻聴か? あまりよろしくない徴候だな」
【理樹】「いや耳も精神も至って正常だけどさ」
【来ヶ谷】「まあただの反響による誤聴だろう。中庭はそういう構造になっているしな」
…いや,さすがに真正面の声が真後ろから聞こえるのは明らかにおかしいと思うけど…。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 来ヶ谷唯湖の初登場シーン。よくよく考えてみると,音響を巡る交差,波紋,共鳴,共振を印象付ける仕掛けが施されており,来ヶ谷唯湖シナリオのクライマックス(ピアノの音色)に繋がる気の長い伏線。「前向きに生きろ」というメッセージについても,文字通り「わずかな示唆」になっているとは…。
 

ちなみに来ヶ谷さんはいつもこうで,ちょくちょく僕は悪戯に付き合わされている。
どこか掴み所がなくて,常に自分のペースに他人まで巻き込む,クラスでもどこか浮いた存在。
そんなのが来ヶ谷さんだった。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 キャラクターの性格を,具体的に動かさないまま,地の文で抽象的に説明されても,読み手側にとっては何ら説得的ではないということは,神北小毬の初登場シーンでも既に指摘した。
 

【来ヶ谷】「…フフフ」
来ヶ谷さんは僕を見て,突然笑い出す。
【理樹】「え,なに?」
【来ヶ谷】「いや,理樹君は何故そんなに懸命なのか,と思ってね」
【来ヶ谷】「それは滑稽なものだ。キミにはあの馬鹿ふたりを止めることなど出来ないだろう」
【来ヶ谷】「とはいっても,それは嘲笑するものではない。ただ,キミが微笑ましくてな」
…何だかよく解らない。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 来ヶ谷唯湖の感情の欠落,あるいはニヒリズムを表すエピソード…のつもりなのだろう。
 

笑顔の来ヶ谷さんに腕を引っ張られ,中庭の片隅へ連れ込まれる。
そこには,ぼろぼろの木箱と,美術室で使っていたと思われる,背もたれのない丸椅子がいくつか。
校舎側からも,中庭の歩道からも死角になっているポジション。
木々が揺れると,わずかに差し込む木漏れ日の光の点が,木箱のテーブルを動き回る。
でもまあ,やっぱりぼろぼろで埃だらけだ。
【来ヶ谷】「ロケーションが悪くないならいいじゃないか。他になにがいる」
【理樹】「…ちゃんとしたインテリア,かな」
【来ヶ谷】「ちゃんとしていないわけではないぞ。十分使える」
【来ヶ谷】「これはわびさびがあるというんだ」
ていうか,わびとさびしかない。
来ヶ谷さんは丸椅子にちょこんと腰掛けると,こちらを向く。
【来ヶ谷】「見ろ,私がこうしていると,まるで中世の良家の令嬢を描いた絵画のようだろう」
【理樹】「黙ってれば,割とね」
…こうしてみると,見た目も割とそれっぽいかもしれない。
【理樹】「…テーブルと椅子がぼろぼろじゃなければ,結構絵になるかもね」

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 ぼろぼろのテーブルと椅子といえば,歴代のTactics/Key諸作品ならば,『MOON.』天沢郁未シナリオで少年が手作りした食卓セット,あるいは,『CLANNAD一ノ瀬ことみシナリオで一ノ瀬邸の庭に転がるそれ。
 また,「死角になっているポジション」で「まるで中世の良家の令嬢を描いた絵画のよう」に「ちょこんと腰掛ける」来ヶ谷唯湖の姿は,来ヶ谷唯湖シナリオ“EpirogueⅠ”で「…早く,来ないかな」と呟く彼女の姿とさりげなく関連付けされており,再読時に驚愕した(本欄執筆者が)。
 

【来ヶ谷】「私は可愛らしい女学生であろう? この年頃の男子ならば喜んで誘いを受けそうなものだ」
【来ヶ谷】「少年はあれか? ホモの類か? そっち系の人か?」
【理樹】「んなわけないでしょ!」
【来ヶ谷】「…ふむ,少年の心はまこと度し難い」
【来ヶ谷】「ちょうどいい,そこのところをゆるりと語り合おう,少年」
【理樹】「いや,あの…だからさ…」
【来ヶ谷】「まずはホモと友情って紙一重だよね,という議題からだ」

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 「度し難い」は誤用かと思われたが,前後の流れを踏まえるならば,来ヶ谷唯湖が直枝理樹を無視して台詞を続けている場面なので,「救いようがない」という用法通りで意味は合っている。
 

【来ヶ谷】「なんで,とな?」
【来ヶ谷】「……」
【来ヶ谷】「………」
【来ヶ谷】「……楽しいからでは?」
【理樹】「いや,楽しいかもしれないけど,わざわざここまで仕込んでやることなの?」
【来ヶ谷】「私にはその質問のほうが疑問だが」
【来ヶ谷】「ただの『楽』という感情から沸き起こる衝動だろう」
【来ヶ谷】「衝動にそれ以上の理屈などない。理由を求めたところで,状況とそれに関わる不文律がそこにあるだけだ」

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 来ヶ谷唯湖の感情の欠落,あるいはニヒリズムを指し示しているのだが,彼女の言う「楽」とは何なのか,この先ゆっくり追いかけてみることにしよう(当欄執筆者は,よく分かっていない)。
 

【来ヶ谷】「そうか? 割と褒め言葉なんだがな」
【来ヶ谷】「可愛いものは好きだよ,私は」
言いながら,およそ来ヶ谷さんの普段の雰囲気に似つかわしくない,無邪気な笑みを浮かべる。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 「無邪気な笑みを浮かべる」来ヶ谷唯湖の姿。こうしてみると,彼女の初登場シーンは,構成要素を組み替えると,来ヶ谷唯湖シナリオ“EpirogueⅠ”で「…早く,来ないかな」と呟く彼女の姿に直結していく仕掛けが施されており,興味深い。
 

【来ヶ谷】「いいじゃないか。そもそも時間などルーズなものだ」
【来ヶ谷】「多分テレビの時計が少しずつずれていったとしても,誰も気づかないくらい,な」
【来ヶ谷】「場所によって時間が変わったり,もしかすると万物全てに同じ時間が流れているわけでもないかもしれないのに」
【来ヶ谷】「それに束縛されて数字にして,解ったような気になるのはどうかと思う」
【理樹】「いや,そんなパラドックスな理論振りかざしても,時間はどんどん過ぎてってるよ」
【理樹】「時間がきたらチャイムは鳴るんだし」
【来ヶ谷】「チャイム・ウィル・リング。中々詩的な言葉だな」
【来ヶ谷】「いやいや。やはり理樹君をここに招待して正解だった」

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 茶化されたやり取りの中に,ファンタジー世界観―「この世界の秘密」が仕込まれているという構図。むしろ焦点は,来ヶ谷唯湖がこのような発言をする意図のほうにあるだろう。そこには,歴代のTactics/Key諸作品に照らすと,『Kanon』で水瀬名雪が「思い出してほしいと願っている人が一人でもいるのなら,思い出したほうがいいと思うよ」と発言するときの意図が容易に分からない(マルチシナリオに応じて,五通りの意味が後付けされる。つまり,発言時には本人もその意図が本当によく分かっていない)のと同じ問題意識があるように思われる。
 

【理樹】「そういえば…」
屋上には,今日も神北さんがいるのだろうか。
…『好きなところだから,ここに来る』。
割と…僕も,屋上と言う場所が好きになってしまっているらしい。
僕は上り階段に足をかけ,あの異質な空間の向こうにある,風の気持ちいい場所を目指すことにした。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 直枝理樹は,「異質な空間の向こう」に「風の気持ちいい場所」があるから,校舎の屋上を好むようになった。他方で,神北小毬はどうして屋上が好きなのか,この時点では言及していない。ここで,直枝理樹による共感(彼の主観に過ぎないが)を手がかりに,神北小毬が屋上を好きな理由を類推してよいものやら?

ほとんど掃除されてもいないのか,角には綿ボコリ,踊り場にはすでに使われていないと思われる机や椅子が積み上げられている。
【理樹】(なんだか異質な空間だな…)
その向こうに屋上へと続いているであろう,重そうな鉄のドアが見えた。
【理樹】「…行き止まり?」

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月15日)

 念のため再録するが,このような,廃墟のような異質で行き止まりな空間の先に,実は好きになれる場所がある―という構図は,神北小毬シナリオ,ひいては『リトルバスターズ!』作品全体に通底した主題性の暗喩になっているかもしれない。Tactics/Key諸作品を作家論的に読むのならば,このような類推は充分可能である。
 

…頬をくすぐる風。
そして,雲ひとつない明るい空に,目を細める。
【理樹】「確かにいい場所だよ,ここは」
後ろを見れば,神北さんも屋上に出てきていた。
【神北】「やっぱり今日も,いい天気」
神北さんは手で目を影にしながら言う。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 神北小毬シナリオでは,「同じ視線から眺める」というモチーフが頻出する。ひとつの共時(シンクロ)と,ひとつの共感。神北小毬シナリオのクライマックス―“祈りの言葉”へと繋がっていく気の長い伏線。
 昨日に引き続き,直枝理樹と神北小毬が,校舎の屋上から同じ空―昨日は同じ街の景色だった―を眺めている。シンクロする視界の上昇。目を細めないと,あるいは,手で目を影にしないと,見えないもの。見えすぎてはいけないものがあるという暗喩。神北小毬シナリオにとって,かなり重要な伏線張りである。
 

【神北】「お菓子を食べると,ちょっと幸せになります」
【神北】「直枝君が幸せになったら,私も嬉しい」
【神北】「誰かを幸せにするって,自分もちょっぴり幸せになるよね」
【神北】「だからほら,君が幸せになると,私も幸せ。私が幸せになると,君も幸せ」
【神北】「ずーっとずーっと繰り返して,ほら,幸せスパイラル」
【理樹】「いや,実際そうなるかはよくわかんないけど…」
でも確かに,そんな風に心から思えれば,ちょっと幸せになる理論かもしれない。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 神北小毬シナリオのキーとなる,神北小毬幸せスパイラル理論。このような,他者の幸福を自己の幸福に置換するかたちでの自己の物語化は,歴代のTactics/Key諸作品ならば,『Kanon倉田佐祐理シナリオに端的である。
 

…なぜか,ポケットにビニールに包まれたスプーンがひとつ。
さっき来ヶ谷さんが使っていたのと同じものだ。
【理樹】(来ヶ谷さんがいつの間にか入れてたんだろうか…)
まさかあの人はこんなことまでお見通しなのか,とちょっと戦慄を覚える。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 こうした来ヶ谷唯湖の経験値の高さを,どこまで「この世界の秘密」の究明に活かすべきか。もっとも,彼女による記憶の持ち越しの有無なんて,主題の考察に際しては,実はどうでもいいことなのだが。
 

【神北】「え,直枝君もメンバー集めしてるの?」
【理樹】「一応だけどね。まあ,集まるとは思ってないし」
【神北】「……」
【神北】「私,やるよ」
…神北さんの言葉が一瞬理解できない。
【理樹】「…はい?」
ようやく聞き返した。
【神北】「うん,私,やる。がんばるっ」

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月16日)

 ここでの,神北小毬の台詞の一呼吸の間に,深い意味はあるのか,それとも,ないのか?