『リトルバスターズ!』伏線検証メモランダム:共通シナリオ・5月15日

 地道に『リトルバスターズ!』のテキストを分析していく作業の成れの果て。何が得られるのかは,やってみないと分からない。正直,作家論的アプローチに頼らざるを得ないのが目に見えているので,気分は敗戦処理。でも,がんばる。
 ただし,Refrain編であからさまに回収される伏線は,その場面で触れれば足りるので,いちいち考慮しない。(ネタバレ注意)
 

教室は騒がしい。
【理樹】「ん?」
がら,と教室のドアが開く音。
【三枝】「やー,おはよう,おはよー」
その子はクラスメイトたちの間を泳ぐようにやってきた。
【理樹】「おはよう,三枝(さいぐさ)さん」
入ってきたのは三枝さんだった。
三枝葉留佳という名前の女の子。
彼女はクラスが僕たちとは違う。
けれど,クラスに誰か友達がいるらしく,こうして僕たちの教室にしょっちゅう来る。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月15日)

 三枝葉留佳の初登場シーン。よく考えてみると,三枝葉留佳のこのクラスでの友達とは誰のことなのだろうか。ミスリード? あるいは,彼女には自分のクラスに居づらい理由でもあるのだろうか。そういう意味において,わざわざ直枝理樹が言及しているということは,三枝葉留佳シナリオに向けられた気の長い伏線といえるかもしれない。
 

【理樹】「また遅刻?」
【三枝】「また,は余計かな?」
【理樹】「じゃあ,何さ?」
【三枝】「今朝も遅刻なのさっ」

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月15日)

 三枝葉留佳が問題児なのかもしれないという印象操作。ミスリード
 

【理樹】「あんまり遅刻してると寮長に目を付けられても知らないよ」
【三枝】「もう付けられているから大丈夫,ダイジョーブ」
【理樹】「いい加減だなぁ…」

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月15日)

 三枝葉留佳が周囲からも問題児視されているという印象操作。ミスリード? 実際には,女子寮の寮長は彼女をどのように評価していたか,留意しておくべき。何はともあれ,このように,キャラクターの特質を,あくまでも言動や会話を通じて間接的に紹介していく手法は,読み手側の印象には残りやすいと思われる。
 

3階へと上る階段の踊り場。
【女生徒】「………」
【理樹】「あっ」
知った顔を今,見かけた。
…同じクラスの神北さんだ。
【理樹】(神北さんを,野球にか…)
神北さんは朗らかなイメージのひとで,休み時間なんかには席の近い女子たちとよく楽しげに談笑しているのを見かけていた。
中心にはいないが,教室を見回せば,いつでも誰かと笑い合っているような,そんな存在。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月15日)

 神北小毬の初登場シーン。「中心にはいないが,教室を見回せば,いつでも誰かと笑い合っている」。Refrain編“さいごのゆめ”に到る棗鈴との関係性を想起すると,自分が中心になるのではなく誰かのために寄り添う,という彼女の位置付けについて,結構初期から伏線が張られていることに,再読したときには気付く。しかし,初読時には思い切り見落とされるので,あまり意味がないだろう。
 つまり,初読時に伏線だったことに(せめて後付けとしてでも)気付かれなければ,それははっきりいって,伏線としての役割を果たしていないということである。伏線に即効性が欠けていると,クライマックスで「実はこうだった!」と秘密を明かされても,「そんなことを突然言われても。何,その超展開?」となってしまうおそれが大きい。せめて,挙動か台詞による具体的描写を通じて先入観や違和感,あるいはミスリードを読み手側に喚起できていれば,「実はこうだった!」→「そういわれてみれば,あのシーンはそうだったような気もする」という伏線の後付け効果くらいは期待できるはずなのだが。キャラクターの性格を,具体的に動かさないまま,地の文で抽象的に説明されても,読み手側にとっては何ら印象に残らないだろう。
 

コンクリートに落ちているポテトチップスの袋が,辺りに中身を散らしていた。
さっきの『ぱぁんっ!』って言う音は,この袋が破けた音かもしれない。
 
神北さんは段差に腰掛けると,辺りにお菓子を広げていく。
【神北】「じゃあ,せっかく来たからうすしおでもどうぞ〜」
【理樹】「あ,うん…じゃあ貰っていこうかな」
【神北】「お茶とチョコパイもありますよ〜」
にこにこ顔で次々とお菓子を差し出してくる。
【理樹】「あ,うん…」
あっという間に両手いっぱいになった。
【神北】「私はワッフル食べよっと〜」
包みからワッフルを取り出して,頬張り始める。
【神北】「おいしいよ〜」

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月15日)

 神北小毬にとって,食べ物のガジェットには,キャラ造形を超えたシナリオ上の意義はあったのだろうか? 印象に残っていないのだが。一応,再考してはみるが…。
 歴代のTactics/Key諸作品は,食べ物のガジェットに,シナリオの根幹にかかわる意味を潜ませること(暗喩)を得意としていたものである。『ONE〜輝く季節へ』ならば,長森瑞佳のクレープ,七瀬留美のキムチラーメン,里村茜のワッフル,川名みさきのカレー,椎名繭ハンバーガー。『Kanon』ならば,月宮あゆのたい焼き,水瀬名雪のイチゴサンデー,美坂栞のアイスクリーム,沢渡真琴の肉まん,川澄舞の牛丼。『AIR』ならば,神尾観鈴のどろり濃厚ジュース。『CLANNAD』ならば,古河渚のあんパンやハンバーグ,一ノ瀬ことみの手作りお弁当。さて,今回の『リトルバスターズ!』では,どうだっただろうか?
 

【神北】「…直枝君,好きな場所ってある?」
【理樹】「え? 好きな場所?」
【神北】「なんとなく足を運んじゃうような所。そこにいると,すごく落ち着いちゃうような場所」
【理樹】「うーん…突然言われてもなぁ」
【神北】「私,ここベストプレイス」
言いながら,足元を指差す。
【神北】「好きなところだから,ここに来るの。ほら,すごく普通」
【理樹】「いや,そうかもしれないけど」
…好きな場所。なんとなく足を運んじゃうような所。そこにいると,すごく落ち着いちゃうような場所。
【理樹】「…僕は,友達がいる場所かな」
【理樹】「みんながいると,どこでも『好きな場所』になるかもしれない」
…あんまり『落ち着ける場所』ではないと思うけど。
【神北】「うん,いいな,そういうの。ちょっと羨ましいな」

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月15日)

 よく考えてみると,神北小毬のほうは,校舎の屋上が好きな理由を明かしていない。
 それから,地味に,直枝理樹の台詞は,彼がRefrain編“EpilogueⅡ”を選ぶべき動機付けをあらかじめ指し示している。もっとも,この台詞は,今の彼が無意識のうちにこの世界を選んでいる理由にも当てはまるため,実は両義的。この台詞の意味合いを,後者から前者へと転換させていくことが,個別シナリオの存在意義なのだろうが…。
 軽い気持ちで口にした台詞の意味が実はとても重く,その台詞を口にした本人自身にとって,乗り越えるべき壁として後に立ち現れるという構図。過去のTactics/Key諸作品では,『CLANNAD』冒頭での岡崎朋也による下記の台詞が端的。

【朋也】「見つければいいだけだろ」
【女の子】「えっ…?」
少女が驚いて,俺の顔を見る。
まるで,今まで誰もいないと信じていたかのようにだ。
【朋也】「次の楽しいこととか,うれしいことを見つければいいだけだろ」
【朋也】「あんたの楽しいことや,うれしいことはひとつだけなのか? 違うだろ」
【女の子】「………」
そう。
何も知らなかった無垢な頃。
誰にでもある。
【朋也】「ほら,いこうぜ」
俺達は登り始める。
長い,長い坂道を。

(『CLANNAD』共通シナリオ・4月14日)

 とはいえ,『CLANNAD』冒頭のそれと比べるならば,やはり『リトルバスターズ!』のそれは,シナリオ構成や演出が中途半端。初読時には読み手側からスルーされるおそれが大きい。
 

【神北】「ここは,どう?」
神北さんは,柵越しの景色に目をやった。
僕も同じようにその景色を見る。
…街が,見渡せた。
【理樹】「そうだね…いい場所だと思う」
【神北】「うん,気に入ってもらえてよかった」

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月15日)

 神北小毬シナリオでは,「同じ視線から眺める」というモチーフが頻出する。ひとつの共時(シンクロ)と,ひとつの共感。神北小毬シナリオのクライマックス―“祈りの言葉”へと繋がっていく気の長い伏線。
 

【鈴】「うん,今思い出した」
ポケットを探る。
そこから出してきたのは,また同じようなしわくちゃの紙片だ。
それを受け取り,広げてみる。
『この世界には秘密がある』
『それを知りたいなら,すべての課題をクリアせよ』
【理樹】「ふーーむ…」
今度は僕が唸る番だ。
【理樹】「この紙はどうしたの?」
まず第一の疑問がそれだ。
【鈴】「レノンのしっぽに巻きつけられてた」

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月15日)

 「この世界の秘密」を巡る伏線については,深く考えるべき必要は,まったくない(え)。