Tactics/Key諸作品におけるファンタジー世界観〜時系列の共鳴・共振ないし円環構造,もしくは共時性〜(11)

第2章 Tactics/Key諸作品のファンタジー世界観Ⅰ―『ONE〜輝く季節へ〜』の場合―

5.「永遠の世界」と生活世界の例外的な時制〜時系列の共鳴・共振〜

 

(7) 上月澪シナリオ〜兄の罪悪感と幸福への躊躇―長森瑞佳シナリオとは異なるアプローチで〜(シナリオ担当:久弥直樹)

  上月澪シナリオについては,時系列に関する事項よりも先に,亡き実妹みさおにとって「いい兄であり続け」ることができなかった折原浩平の兄としての挫折と罪悪感が,長森瑞佳シナリオとは異なるアプローチから採り上げられていることを,指摘しておかなければならない。


深山「ダメよ,上月さんいじめたら」
いつから居たのか部長さんが立っていた。
浩平「別にいじめてるわけじゃないって」
深山「せっかく,可愛い彼女なのに」
浩平「…は?」
思わぬ言葉に,聞き返す。
深山「え? 違うの?」
浩平「全然違うっ!」
深山「そうなんだ…お似合いのカップルだと思ってたのに…」
浩平「第一,どう考えてもあいつは恋人ってタイプじゃないだろ」
深山「…どうして?」
オレの言葉に,部長さんが真剣な表情で問い返す。
<選択肢:妹みたいなものだから>
浩平「あいつは妹みたいなものだからな」
浩平「恋人とか恋愛対象として見るわけないだろ?」
浩平「オレがあいつの側に居るのは,ただ心配だからだ」
浩平「それ以外の理由は何もない」
深山「…でもそれは,折原君の一方的な考えでしょ?」
浩平「あいつだってオレの事を何とも思ってないって」
深山「…本当にそう思う?」
浩平「当たり前だ」
深山「…そっか」
悲しそうに最後の言葉を締めくくる。
深山「嘘ついてないといいけどね」
浩平「……」
(『ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・2月11日)

  生活世界での折原浩平は,上月澪との交流を深めていくうち,彼女との関係性を擬似的兄妹関係にたとえて,繰り返し自分に言い聞かせ,周囲にも強調することが多い*1。このような折原浩平が上月澪との恋愛関係への進展を躊躇する一連の描写は,単に彼女が折原浩平よりも年下であることだけによるものではない。折原浩平がみさおの存在自体を無意識下封印している可能性は先に指摘した通りだが,

はぐはぐとフルーツを口に運ぶ澪。
浩平「……」
口の端にクリームをつけながらパフェと格闘する澪を眺めながら,もし本当に妹がいたらこんな感じなんだろうかと想像する。
(『ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・12月19日)


*他のシナリオでは仄めかしに留まっていたが,上月澪シナリオでは,折原浩平がみさおの存在自体を無意識下に封印していることが,はっきりと明かされている。

そこそこ大きな店内には,何とかセールのうたい文句を掲げた札と共に,たくさんの服が並べられていた。
澪「……」
澪は,綺麗に着飾られたマネキンを羨ましそうに見つめていた。
こんなのに興味があるってことは,やっぱり澪も女の子だったんだな…。
普段は全く見られない女の子らしい一面を垣間見て,なぜか複雑な気分だった。
(『ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・2月6日)


*だからこそ,折原浩平が「妹」なはずの上月澪に異性を感じると,きわめて当惑することになる。
他方で,上月澪と出会ったとき折原浩平は彼女の名前の発音「みお」(「みさお」との一字違い)に「何か引っかかりを覚え」る*2。この場面については,先に検討した際,長森瑞佳シナリオとの関連では「それ以上具体的に思い至ることがない」と捨象されることになったが,上月澪シナリオとの関連では,俄然,無意識のうちにみさおの面影を上月澪へ追い求め,彼女を演劇部で手助けすることによって,赦されることの決してない兄としての罪悪感*3を埋め合わせようとする折原浩平の姿が浮かび上がってくる。

浩平「……」
オレ,何やってんだろうな…。
でも,不思議と充実感があった。
心の中にぽっかりと空いた空白が埋まっていくようだった。
浩平「…こんなのもいいかもな」
オレは背中を赤く照らされながら,ゆっくりと家路についた。
(『ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・12月24日)

  たとえば,生活世界の折原浩平が上月澪に「妹」を具体的に見出した瞬間は,12月21日,上月澪が夜の校舎へ忘れたスケッチブックを取りに戻るのに付き添ったときと思われるが,これ以降,彼が上月澪と接するときの所作には,生前のみさおにしてあげたくてついにできなかった―泣く妹を慰める振る舞い*4 *5と重なるものが繰り返される。

浩平「…ほら,あと少しだからがんばれ」
澪「……」
えぐ…,と涙目で頷く。
浩平「…よしよし」▼
なんか,本当に年の離れた妹って感じだな…。
(『ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・12月21日)

 
澪「……」
…ふるふる。
涙を浮かべながら首を振る。
浩平「そのままじゃ,練習にならないだろ…」
澪「……」
…うん。
頷いて,そしてオレの方にゆっくりと歩いてくる。
浩平「よしよし」▼
澪の頭をぽんと手を置いてやる。
(『ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・1月6日)

 
「うあーーーーん,うあーーーんっ!」
「うー…ごめんな,みさお
「うぐっ…うん,わかった…」
よしよし,と頭を撫でる。▲
「いい子だな,みさおは」
(『ONE〜輝く季節へ〜』折原みさおについての追想)

  また,「永遠の世界」の「ぼく」が「帰り道…」を想う直前,上月澪シナリオでは,生活世界の折原浩平と上月澪の二人が,演劇部の練習場所を探して校舎内をあちこちで歩く場面が挿入されており,二つの世界の間での交互影響関係,あるいは時系列の共鳴・共振を示唆する。

冷たい風が吹く中庭。
その風が暖かさを帯びたとき。
…果たしてオレはどこに立っているんだろう。▼
すぐ横で,赤くなった手のひらを暖めている澪の姿を見つめながら,ふとそんなことを考えていた。
(『ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・1月6日放課後)

 
帰り道…
(ん…?)
帰り道を見ている気がするよ。
(そう…?)
うん。遠く出かけたんだ,その日は。△
(うん)
日も暮れて,空を見上げると,それは違う空なんだ。いつもとは。
違う方向に進む人生に続いてるんだ,その空は。
(『ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・1月6日就寝後/永遠の世界Ⅶ)

  そして,実況調一人称の叙述に,ふと過去形による叙述が一瞬混在する。この場面は,もちろん,この生活世界での出来事が「永遠の世界」からの追想であるという叙述トリックを仄めかす場面と把握することもできるが,久弥直樹氏が執筆した上月澪シナリオ・川名みさきシナリオ・里村茜シナリオを横断的に解釈すると*6,二つの世界の間での交互影響関係,あるいは時系列の共鳴・共振が生じていると見ることもできる。

どうもこういう店は居心地が悪い。
しかも澪と一緒だとなおさらだ。▼
なんか兄姉でお買物に来ているみたいじゃないか…。
澪「……」
真新しい服を抱きしめるように身体全体で抱えて,とことことレジに向かう澪。
浩平「…ってあいつ金持ってないな」
苦笑しながら,澪の後を追う。
手のかかる妹。
本当にそんな感じだった。
これからもずっと…。▼
そうだと思っていた…。▼
(『ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・2月6日)

ずっと,みさおと一緒にいられると思っていた。▲
(『ONE〜輝く季節へ〜』折原みさおについての追想)

  シナリオ終盤,生活世界の「オレ」が,放課後の教室から「窓ガラス越しに真っ赤な夕焼け」に心奪われると*7,「永遠の世界」の「ぼく」へと視点が暗転し*8,やがて再び生活世界の夕焼けに視点が回帰する*9。このとき,上月澪シナリオでも,二つの世界の間で最大の交互影響関係,あるいは時系列の共鳴・共振が生じていると見る余地がある。

こんな悲しいことが待っていることを,ぼくは知らずに生きていた。▼
 
悲しみに向かって生きているのなら,この場所に留まっていたい。▼
ずっと,みさおと一緒にいた場所にいたい。
(『ONE〜輝く季節へ〜』折原みさおについての追想)

 
「悲しいことがあったんだ…」
「…ずっと続くと思ってたんだ。楽しい日々が」
「でも,永遠なんてなかったんだ」▽
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の盟約)

 
こんな永遠なんて,もういらなかった。
だからこそ,あのときぼくは絆を求めたはずだったんだ。
…オレは。▽
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅸ)

*この直後,永遠の世界Ⅸから生活世界へ切り替わる*
浩平「…なぁ,澪」
夕焼けから目をそらすことなく隣に佇む澪に声をかける。
澪「……?」
浩平「オレのこと好きか?」△
 
あの幼かった日に…。
いったい,オレは何を望んだのだろう…。▲
永遠…?
そんなものがあるはずないって…。△
あのときのぼくは知らなかったんだ。▲
(『ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・2月8日)


*生活世界に在る折原浩平の一人称が,「オレ」から「ぼく」へと浸潤されてしまう場面。二つの世界の間で,能動性と固定性とが目まぐるしく,まるで振り子運動のように激しく交差している。
  ただし,上月澪シナリオでは,個別シナリオへの分岐が比較的遅いため,他のシナリオでは特徴的に用いられている―風が吹き,雲が動き,草の匂いを感じるという律動に「永遠の世界」が転じる描写(永遠の世界Ⅳ)が特段の意味を備えていない点には注意を要する。

*1:ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・12月21日/12月22日/2月6日/2月11日/3月7日より。

*2:ONE〜輝く季節へ〜』共通シナリオ・12月10日より。

*3:上月澪に対する罪悪感について,生活世界の折原浩平は,幼少期に彼女と既に出会っていて,そのときに約束を破ったからだと説明するが,それはまた別の物語化である。『ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・12月21日夜/折原浩平の夢より。

*4:実際の折原みさおは,折原浩平が慰める前に,自分で泣き止むような子だったふしがある。それでも,彼は「みさおが泣きやむのが早いのは[…]ぼくが[…]みさおにとってはいい兄であり続けていたからだ」と信じたかったのである。『ONE〜輝く季節へ〜』折原みさおについての追想より。

*5:この検討は,くるぶしあんよ「兄の罪とその赦し〜『ONE』と『シスター・プリンセス』〜」(同人誌『永遠の現在』408頁(2007年8月,C72,http://members.jcom.home.ne.jp/then-d/html/project.html)所収)の上月澪シナリオへの当てはめでもある。

*6:川名みさきシナリオと里村茜シナリオで後述する。

*7:ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・2月8日より。

*8:ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅷ〜折原みさおについての追想〜永遠の盟約〜永遠の世界Ⅸより。

*9:ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・2月8日より。