Tactics/Key諸作品におけるファンタジー世界観〜時系列の共鳴・共振ないし円環構造,もしくは共時性〜(12)

第2章 Tactics/Key諸作品のファンタジー世界観Ⅰ―『ONE〜輝く季節へ〜』の場合―

5.「永遠の世界」と生活世界の例外的な時制〜時系列の共鳴・共振〜

 

(8) 川名みさきシナリオと里村茜シナリオ〜生活世界に「永遠の世界」のぼくがいる〜(シナリオ担当:久弥直樹)

  川名みさきシナリオと里村茜シナリオでは,二つの世界の間での交互影響関係,あるいは時系列の共鳴・共振が他のシナリオと比べて符丁的に描写されているので,まとめて検討することにしたい。
  まず,両シナリオとも,風が吹き,雲が動き,草の匂いを感じるという律動に「永遠の世界」が転じる描写に呼応して,生活世界の側で恋愛関係が深まっていく様子が描かれている(具体的な描写はいちいち引用しない)。


(ねぇ,たとえば草むらの上に転がって,風を感じるなんてことは,もうできないのかな)▽
(『ONE〜輝く季節へ〜』川名みさき/里村茜シナリオ・12月15日起床前/永遠の世界Ⅳ)

  そして,実況調一人称の叙述に,ふと過去形による叙述が一瞬混在する。これらの場面では,生活世界の折原浩平がそのとき連続して独白・発言したものであることが担保されている。したがって,二つの世界の間での交互影響関係,あるいは時系列の共鳴・共振を強く示唆することになる。

良くも悪くも穏やかな日常の中に身を投じる…。
退屈で,
他愛なくて,
くだらなくて,
…そして,幸せだった。▼
…そんな日常が…。
……。
浩平「…どうなるって言うんだ」△
わざと声に出して呟く。
くだらない感慨だ。
どうなるものでもない。
オレは,その日常の中に居る。
そしてこれからも…。
……。
(『ONE〜輝く季節へ〜』川名みさきシナリオ・1月1日)


新学期が始まれば,また学校だ。そして,またお祭り騒ぎのような日常が始まる。
去年と何も変わらない。
くだらなくて,退屈で…。
でも,楽しかった日常。
…そうなるはずだった。▼
……
浩平「…だった?」△
オレは何を言ってるんだ…。
………
(『ONE〜輝く季節へ〜』里村茜シナリオ・1月5日)


日当たりの良い廊下にそそがれる,暖かな木漏れ日を抜け,昇降口へ。
そして,そのまま中庭へと抜ける。
茜「靴,履き替えないんですか?」
浩平「まあ,大丈夫だろう。雨も降ってないしな」
茜「…はい」
…幸せな日常。
…壊れることのない日常。
…日常はどこまで行っても日常で。
…それが幸せで。
……。
…でも。
…にちじょうが壊れることにきづいて。
…えいえんなんてないことにきづいて。
…ぜつぼうして。
…でも,あきらめることができなくて。
…ないはずのえいえんをもとめて。
……。
…そして。
……。
…その場所にオレは足を踏み入れていた。▼
 
茜「…嘘つき」▲▽
浩平「…え?」
すぐ側から茜の声が聞こえて,オレは現実に引き戻された。△
(『ONE〜輝く季節へ〜』里村茜シナリオ・3月9日)

  また,「永遠の世界」の「ぼく」が「帰り道…」を想う直前,川名みさきシナリオでは,折原浩平と川名みさきの二人が,校舎内を教室,屋上,学食,帰り道(といっても,みさき先輩の家は学校の目と鼻の先だが)と,みさき先輩の行動範囲を目いっぱい歩き回る。里村茜シナリオでは,折原浩平と里村茜は初めてのデートを待ち合わせ,どしゃぶりの公園へと遠出する。このような生活世界の場面の挿入のされ方も,やはり二つの世界の間での交互影響関係,あるいは時系列の共鳴・共振を,それぞれ示唆する。

先輩と二人で歩いて行く日常。
でも…。
  …あるよ…
みさき「どうしたの?」
  …えいえんはあるよ…▼
浩平「いや,何でもない」
呟いて先輩の元に駆け寄る。
この日常が壊れることなんてないと,
ずっとそう思ってた…。
(『ONE〜輝く季節へ〜』川名みさきシナリオ・1月8日)

 
茜の唇から熱い吐息が漏れ,何かの言葉を紡ぐ。
『…どこにも行かないですよね』
……。
…頷きたかった。
…ほんの少しでも,首を縦に振りたかった。
…茜を,大好きな人を安心させたかった。
…だけど。
  あるよ
…その時のオレは。
  えいえんはあるよ▼
…固まったように,頷くことさえできなかった…。
(『ONE〜輝く季節へ〜』里村茜シナリオ・2月6日)

*両シナリオとも,この直後,生活世界から永遠の世界Ⅶへ切り替わる*
帰り道…
(ん…?)
帰り道を見ている気がするよ。▲
(そう…?)
うん。遠く出かけたんだ,その日は。▲
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅶ)

  シナリオ終盤,生活世界の「オレ」が,放課後の校舎の屋上から*1,あるいは学校の帰り道で*2夕焼け空に心奪われると,「永遠の世界」の「ぼく」へと視点が暗転し*3,やがて再び生活世界の夕焼けに視点が回帰する。このとき,両シナリオでも,二つの世界の間で最大の交互影響関係,あるいは時系列の共鳴・共振が生じていると見る余地があることは,上月澪シナリオの場合と同様である。

だからこそ,あのときぼくは絆を求めたはずだったんだ。▼
…オレは。▽
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅸ)

*両シナリオとも,この直後,永遠の世界Ⅸから生活世界へ切り替わる*
浩平「…みさき…先輩」
不意に発した声が震えていた。
喧嘩で負けた子供が,涙を我慢しているように…。
みさき「どうしたの? 浩平君」
浩平「もし…,もしもだ」
みさき「うん」
浩平「オレが先輩のことを忘れたらどうする?」△
 
浩平「…いや,何でもない」
それは予感にも似たものだった。
永遠はあったんだ。
そのことにも気づいていた。
だけど知らないふりをしていた。
……。
この世界からいなくなったら,ぼくはどうなるんだろう…。▲
(『ONE〜輝く季節へ〜』川名みさきシナリオ・2月3日)

 
こみ上げる涙が頬を伝って流れ落ちていた。
それは確かな確信だった。
あの日,オレの切望した世界がその向こうにあった。
オレはその世界に行くのだろうか…。
すると,この世界のオレはどうなるんだろうか…。△
 
時間は移ろいゆくものの象徴。
永遠なんてないって…。
止まらない時間なんてないって…。
ぼくはずっとそう思っていた。▲
(『ONE〜輝く季節へ〜』里村茜シナリオ・3月16日)


*生活世界に在る折原浩平の一人称が,「オレ」から「ぼく」へと浸潤されてしまう場面。二つの世界の間で,能動性と固定性とが目まぐるしく,まるで振り子運動のように激しく交差している。

*1:ONE〜輝く季節へ〜』川名みさきシナリオ・2月3日より。

*2:ONE〜輝く季節へ〜』里村茜シナリオ・3月16日より。

*3:ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅷ〜折原みさおについての追想〜永遠の盟約〜永遠の世界Ⅸより。