Tactics/Key諸作品におけるファンタジー世界観〜時系列の共鳴・共振ないし円環構造,もしくは共時性〜(10)

第2章 Tactics/Key諸作品のファンタジー世界観Ⅰ―『ONE〜輝く季節へ〜』の場合―

5.「永遠の世界」と生活世界の例外的な時制〜時系列の共鳴・共振〜

 

(6) 椎名繭シナリオ〜きみは,かつてのオレと似ている〜(シナリオ担当:麻枝准)

  椎名繭シナリオには,全シナリオを通じて唯一,一人称の「…オレは」という言い回しが「永遠の世界」と生活世界との間で交差する描写があるが,


だって,オレも椎名を必要とし始めていることに,初めて気づいたからだ。▽
まだまだ椎名の言葉は拙かったけど,オレは誰よりもそれが理解できるし,そして,そんな言葉を聞き続けてやりたかったのだ。
…オレは。▽
(『ONE〜輝く季節へ〜椎名繭シナリオ・1月某日)

だからこそ,あのときぼくは絆を求めたはずだったんだ。△
…オレは。△
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅸ)

むしろ,このシナリオの折原浩平が妹のみさおと死別した自らの過去と永遠願望について自覚していて,長森瑞佳のほうもこの点を心得ているかのようであることのほうが,よほど特徴的だろう。

オレに似ているな,と思った。
長森だってそう思っていたことだろう。
ただ環境が違っただけだ。それだけなんだと思う…。
 
ずっと自分の殻の中に閉じこもって,ずっと子供のままでいる椎名。
その殻から這い出ようとしている。親友の死をきっかけに。
なら,後押ししてやりたい。
オレだって,かつて同じだったんだから。
長森「ほんとに,できるのかな,そんなこと」
浩平「大丈夫だって」
オレは頭の中で,段取りを整えていた。
(『ONE〜輝く季節へ〜椎名繭シナリオ・12月8日)

  ただし,折原浩平が兄としての挫折と罪悪感を克服し切れてはなく,それをかろうじて慰謝し続けてきた長森瑞佳との擬似的兄妹関係が終焉する構図を踏まえることが有効なのは,椎名繭シナリオでも変わりないのだが,長森瑞佳シナリオと違って仄めかし的な背景事情に後退しているので,単純に同一視することはできない。「永遠の世界」発生のメカニズムについてシナリオ横断的に整合する解釈を導き得ないことは既に検討したところだが,椎名繭シナリオにもこの点が当てはまるということである。
  また,椎名繭シナリオでは,個別シナリオへの分岐が比較的遅いため,他のシナリオでは特徴的に用いられている―風が吹き,雲が動き,草の匂いを感じるという律動に「永遠の世界」が転じる描写(永遠の世界Ⅳ)が特段の意味を備えないなど,整合的解釈を妨げる穴が多く含まれている。