京アニKanonの相沢祐一が浮気でジゴロなホスト野郎に見えるらしいという例の件(今さら)

 テレビアニメ『Kanon』(2006-2007年,第2期,京都アニメーション版)の主人公・相沢祐一が,シナリオの序盤から中盤にかけて,文字通り分単位でヒロインの間を駆け巡っていく例の件についてメモ。(ネタバレ注意)

 その理由を「原作エピソードのフラグを拾い集めるため」というふうに,作品外の要因に求める傾向があるとするならば,それはもはや作品論ではない。テレビアニメ版のストーリーだというのに,原作ゲームの個別シナリオの印象に引っ張られ過ぎではないだろうか。
 その当否はさておくとして,作品内で説明されていないのなら(されるべきもでないが),作品内描写から察するほかないのだ。その際には,たとえば,下記の通り,一連のシーンが手がかりになる。
 

  • 第01話 白銀の序曲〜overture〜/Aパート(月宮あゆの夢-1回目-)

「夕焼け空を覆うように,小さな子供が泣いていた」

 

  • 第01話 白銀の序曲〜overture〜/Bパート(「約束だよ!」)

【あゆ】「約束だよ!」

    • 一瞬,相沢祐一の脳裏に,7年前の記憶―木の上にいるあゆあゆの映像―の断片がよぎる

 

  • 第18話 消え去りゆく緩徐楽章〜adagio〜/Aパート(美坂栞の誕生日パーティー

【北川】「手が早すぎるんだよっ,お前は!」
名雪】「北川君,祐一のは,そういうのじゃないんだよ」

 

名雪】「向こうは忘れてるみたい…。仕方ないよ。…他に好きな女の子がいたんだから」
【祐一】「でも,小学生のときだろ? そいつの気持ちも,変わってるかもしれないじゃないか」
名雪】「変わってないよ」
名雪】「きっと,その頃も今も,その人の好きな女の子は一人だけなんだよ」
【祐一】「…結構,しつこいやつなんだな」
名雪】「一途なんだよ」
名雪】「ときどき意地悪だけど,困っている人を見ると,放っておけないの。本人は自覚がないみたいだけど」
【祐一】「そりゃあ,気苦労が多そうな性格だな」
名雪】「うん…。不思議な人だよっ」

 

  • 第19話 ふれあいの練習曲〜etude〜/Bパート(夕暮れの駅前ベンチ)

【あゆ】「祐一君…目の前で,大切な人を失ったこと…ある…?」
【あゆ】「ボクは…あるよ」
【あゆ】「どうすることもできなかった…」
【あゆ】「自分が,どうしようもなく無力な子供なんだって…」
【あゆ】「嫌と言うほど,思い知らされた…」
【あゆ】「ボクにできたことは…」
【あゆ】「大切な人の…」
【あゆ】「お母さんのことを…ただ何度も声がかれるまで呼ぶことだけだった…」
【祐一】「……」
【あゆ】「もう,あんな思いはしたくないよ…」
【あゆ】「…祐一君…そんな経験ある…?」
【祐一】「…俺は」

(中略)
【あゆ】「…あるんだ,祐一君にも」
【あゆ】「大切な人を目の前で失った,悲しい思い出が」

 

  • 第23話 茜色の終曲〜finale〜/Aパート(沢渡真琴さんとの会話)

【祐一】「俺は…昔のままです」
【真琴】「え…?」
【祐一】「あの頃と何にも変わっていない」
【祐一】「誰かが苦しんでても,何もしてやれない」
【祐一】「何の力もなくて…ただ,黙って見てるだけで…」
(中略)
【祐一】「…同じことを繰り返しているだけだ,俺は…」

 
 京アニKanon』の相沢祐一は,動機が不明瞭のままヒロインたちと会い続ける努力をしていることは確かなんだけど,その「動機が不明瞭のまま」というところが肝要なのだよ,ダニエル(ダニエル?)。
 「大切な人を目の前で失った,悲しい思い出が」ある相沢祐一は,「誰かが苦しんでても,何もしてやれない」という無力感に苛まれている。そんな彼のトラウマは,無意識下の想念に閉じ込められていて,自覚できるはずもない。それでもなお,「同じことを繰り返し」たくないと思わずにはいられない彼は,「困っている人を見ると,放っておけない」。相沢祐一は,その飄々とした外見とは裏腹に,その内心は(潜在的に)相当追い詰められている。
 名雪さん(名雪「さん」?)は,そんな本人ですら「自覚がない」相沢祐一の深層心理をなぜか理解しているからこそ,彼のことを北川が茶化しても「祐一のは,そういうのじゃないんだよ」と穏やかに諭し,「不思議な人だよ」とほんのり笑顔で,けれど愁いが語尾にふとのぞく声色で言うんだ。そんな名雪さんこそが(名雪さんが?)肝心なんだよ,ダニエル!(誰?)
 もっといえば,栞さん(栞「さん」?)だって,相沢祐一が彼女のことを恋愛対象として見てくれないからこそ,名雪さんの「祐一のは,そういうのじゃないんだよ」という言葉を聞いた直後,ほんの一瞬,少し俯きながら,愁いを帯びた表情を浮かべるわけであって…。そもそも,彼女が相沢祐一に願ったこと。それは「できれば私の…。…私の,お兄ちゃんとして」*1。このときの彼女の一瞬の沈黙。そっと目を閉じる。たおやかに目を開き,小さな言葉を紡ぐ。なんてこったい,ダニエル!(だから誰?)
 京アニKanon』では,水瀬名雪も,美坂栞も,川澄舞も,みんな相沢祐一の「好きな女の子は一人だけ」で,彼が「一途なんだよ」いうことを知っている。ちなみに,沢渡真琴の「けっこんしたい」という願いは,恋愛という次元を超越している。だが,それがいい。それがいいんだ! そんな「彼女たちの見解」がたまらないのだよ,ダニエル君!(もういいや)
 いずれにせよ,京アニKanon』の相沢祐一は,主人公だからといって,視聴者の側が彼に感情移入(主人公=視聴者)しなければならないなんて義理はあろうはずもない。記憶喪失という設定で秘密を抱え込んでいる彼は,原作ゲーム版の場合も当てはまるけれど,視聴者にとっては,どちらかといえば謎を解き明かされるべき観察対象である。マルチシナリオだった原作ゲームがアニメ化で一本道ルートにまとめられた分,背負い込む精神的ダメージまで通常の五倍になってしまった京アニKanon』の相沢祐一によるシリアスな苦闘ぶりは,むしろヒロインたち以上に見届けられるべき対象ではないだろうか。ヒロインたちだけでなく,相沢祐一もずっと「泣いていた」。京アニKanon』は,相沢祐一が泣き止むためのお話でもあるのだ*2
 と,いうくらいのストーリーラインを瞬時に解釈してみせるほうが,きっと世界も平和になると思う。だって,もともと,“浮気者に見える”というのは,実は,あなたが“浮気者に見ようとしている”だけなのだから。
 …それにしても,今さら当欄執筆者は,何が悲しくて,ここまでして相沢祐一のことを弁護しなければならないというのか。…ひょっとして,これが,世界を侵す恋?(じっと手を見る)。

*1:京アニKanon』第17話「姉と妹の無言歌 〜lieder ohne worte〜」Aパートより。

*2:原作ゲーム版の『Kanon』にしても,月宮あゆ水瀬名雪美坂栞シナリオのいわゆる久弥三部作では,そういうプロットが「夢の世界」に採り込まれている。ある意味,京アニKanon』における相沢祐一の人格形成にまつわる描写は,そんなところまで原作を尊重していることになる。だからこそ,京アニKanon』の相沢祐一は,一人称独白するわけにはいかなかった。自分でもうまく言語化できないでいたのだから。