『リトルバスターズ!』伏線検証メモランダム:共通シナリオ・5月13日

 地道に『リトルバスターズ!』のテキストを分析していく作業の成れの果て。何が得られるのかは,やってみないと分からない。正直,作家論的アプローチに頼らざるを得ないのが目に見えているので,気分は敗戦処理。でも,がんばる。
 ただし,Refrain編であからさまに回収される伏線は,その場面で触れれば足りるので,いちいち考慮しない。(ネタバレ注意)
 

【声】「こらああぁぁーーーーーーーーーーっ!!」
野次馬たちの歓声を引き裂くように響き渡る怒声。
こんな大声を出せる奴といったら,僕はこの世でひとりしか知らない。
ふたりもその怒声を受けて動きを止めていた。
【男子】「おお! 我らが鈴様のご登場だ!」
野次馬が一気に沸き上がる。
その女子は,恭介の妹で,棗鈴(なつめりん)。
彼女も幼なじみのひとりだ。
【鈴】「弱い者いじめは,めっだ!」

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月13日)

 棗鈴の初登場シーンなのだが,彼女がこんなにも学園の人気者であったり,衆人環視の下で快活な言動を見せるような描写は,その後,ほとんど見受けなかったような観がある。
 

僕は,ひとり輪から離れて,ことの成り行きに呆然と立ちつくす。
こんな非日常的な光景はこれが初めてでもなく,今日に限ったことでもない。
幼い日に出会い,そして彼らとつるむようになってから,ずっと繰り返されてきた日常だ。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月13日)

 直枝理樹に「繰り返されてきた日常」は「非日常的な光景」であるという自覚が伴っていることを示唆する場面。
 そして,「彼らとつるむようになっ」たはずの直枝理樹に,なお「ひとり輪から離れて,ことの成り行きに呆然と立ちつくす」という傍観者的な気質が残っていることを指し示している。ちなみに,Tactics/Key諸作品では,日常を実感できない傍観者気質でいると,永遠願望(後述)が忍び寄ってくることになる。たとえば,『ONE〜輝く季節へ〜』の折原浩平,『Kanon沢渡真琴シナリオ(バッドエンド)の相沢祐一,『AIR』共通シナリオ冒頭の国崎往人,『CLANNAD』共通シナリオ・冒頭の岡崎朋也が該当する(主人公のほぼ全員だった!)。
 

あの,一番辛かった日々。
両親をなくしたすぐの日々。
毎日ふさぎ込んでいた日々。
そんな僕の前に,4人の男の子が現れて,僕に手を差しのばしてくれたんだ。
【少年】「強敵があらわれたんだ! きみの力がひつようなんだ!」

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月13日)

 Refrain編“Episode:恭介”のクライマックスと対称関係に立つ場面。気の長い伏線。ただし,こちらは手を差し伸ばされたことが望外だったのに対して,あちらでは,依然として,手を差し伸ばされることが想定の範囲内であることに注意。
 

それが,僕らの出会いで,そしてそんなお祭り騒ぎのような日々の始まりでもあった。
ずっと,そうして彼らと生きていたら,僕はいつの間にか心の痛みも寂しさも忘れていた。
ただただ,楽しくて…
いつまでもこんな時間が続けばいい。
それだけを願うようになった。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月13日)

 Tactics/Key諸作品に頻出する,過去の際限ない延長としての永遠願望。『ONE〜輝く季節へ〜*1,『Kanon月宮あゆシナリオ*2,『Kanon川澄舞シナリオ,『AIR遠野美凪シナリオ,『AIR霧島佳乃シナリオ,『CLANNAD古河渚シナリオ(AFTER STORYを含む),『CLANNAD一ノ瀬ことみシナリオを想起せよ。直枝理樹がこれを持ち合わせており,彼がこの世界を「願っている」ことは,頭の片隅に控えておいたほうがよい。


 …それにしても。「この世界には秘密がある」という設定上の都合とはいえ,歴代のTactics/Key諸作品を通じて,読み手側への訴求力が最弱なプロローグだといわざるを得ません。あえて比較してみましょうか。

「郁未……長い間ごめんね…」
「郁未の大好きな特製クリームシチュー,毎日作ってあげるからね…」
「あはは…毎日じゃ,あきちゃうよ」
「あと,何が食べたい…?」
「いいよ…別に。ただ…たまにお母さんのクリームシチューが食べられたら,それで充分」
 
「…好きなものは,他にできた?」

(『MOON.』共通シナリオ・オープニング)

とても幸せだった…
それが日常であることをぼくは,ときどき忘れてしまうほどだった。
そして,ふと感謝する。
ありがとう,と。
こんな幸せな日常に。
水たまりを駆けぬけ,その跳ねた泥がズボンのすそに付くことだって,それは幸せの小さなかけらだった。
永遠に続くと思ってた。
ずっとぼくは水たまりで跳ね回っていられると思ってた。
幸せのかけらを集めていられるのだと思ってた。
でも壊れるのは一瞬だった。
永遠なんて,なかったんだ。
知らなかった。
そんな,悲しいことをぼくは知らなかった。
知らなかったんだ…。
「えいえんはあるよ」
彼女は言った。
「ここにあるよ」
確かに,彼女はそう言った。
永遠のある場所。
…そこにいま,ぼくは立っていた。

(『ONE〜輝く季節へ〜』共通シナリオ・プロローグ)

雪が降っていた。
重く曇った空から,真っ白な雪がゆらゆらと舞い降りていた。
冷たく澄んだ空気に,湿った木のベンチ。
【祐一】「……」
俺はベンチに深く沈めた体を起こして,もう一度居住まいを正した。
屋根の上が雪で覆われた駅の出入口は,今もまばらに人を吐き出している。
白いため息をつきながら,駅前の広場に設置された街頭の時計を見ると,時刻は3時。
まだまだ昼間だが,分厚い雲に覆われてその向こうの太陽は見えない。
【祐一】「…遅い」
再び椅子にもたれかかるように空を見上げて,一言だけ言葉を吐き出す。
視界が一瞬白いもやに覆われて,そしてすぐに北風に流されていく。
体を突き刺すような冬の風。
そして,絶えることなく降り続ける雪。
心なしか,空を覆う白い粒の密度が濃くなったような気がする。
もう一度ため息混じりに見上げた空。
その視界を,ゆっくりと何かが遮る。
【女の子】「……」
雪雲を覆うように,女の子が俺の顔を覗き込んでいた。
【女の子】「雪,積もってるよ」
ぽつり,と呟くように白い息を吐き出す。

(『Kanon』共通シナリオ・プロローグ)

わが子よ…よくお聞きなさい。
これからあなたに話すことは…とても大切なこと。
わたしたちがここから始める…。
親から子へと,絶え間なく伝えてゆく…。
長い長い…旅のお話なのですよ。

(『AIR』DREAM編 共通シナリオ・プロローグ)

一面,白い世界…
………
雪…
そう,雪だ。
今なお,それは降り続け,僕の体を白く覆っていく。
ああ…
僕はこんなところで何をしているのだろう…。
いつからこんなところに,ひとりぼっちで居るのだろう…。
………。
雪に埋もれた…僕の手。
それが,何かを掴んでいた。
引き上げる。
真っ白な手。
女の子の手だった。
ああ,そうだった…。
僕はひとりきりじゃなかった。
彼女の顔を覆う雪を払う。
穏やかに眠る横顔が,現れた。
そう…
この子とふたりで…ずっと居たのだ。
この世界で。
この,誰もいない,もの悲しい世界で。

(『CLANNAD』共通シナリオ・プロローグ)

【声】「きょーすけが帰ってきたぞーっ!」
遠くから声がして僕は呼び覚まされる。
それが指し示す意味も眠気で判然としない。
【声】「ついにこの時がきたか…」
が…続いて聞こえてきた喜びに打ち震える声で目が覚める。
ふんと鼻息が聞こえて,それは床に飛び降りていた。
【理樹】「真人…こんな時間にどこにいくのさ…」
恐る恐る訊いてみる。
【真人】「…戦いさ」
【理樹】「…は? こんな夜に? どこで?」
【真人】「ここ」
親指で床を指す。
不敵な笑みを残し,勢いよくドアを開け放つと部屋を飛び出していった。

(『リトルバスターズ!』共通シナリオ・5月13日)

 うーむ…。初っ端に「何かあるに違いない」と惹き込まれるものがないと,先々を読み進める動機付けに非常に苦しむことになります。つまり,読み手側のモチベーションを喚起できなかった作品は,スローリーディングしてもらえなくなるおそれが大きくなるのではないかと…。