美少女ゲーム/ノベルゲーム/ビジュアルノベル/恋愛ADVに関する史観例

/* 初出:http://d.hatena.ne.jp/milkyhorse/20060417/p1 */
/* 関連:http://rosebud.g.hatena.ne.jp/milkyhorse/20070104/1167899208 */
/* 1992〜2004年を商業的成功と内容ジャンルからあえて簡素に分類する */
 

ビジュアルノベルの黎明期

 18禁ゲームに限定せず,ゲーム界におけるビジュアルノベルの始祖とされているのは,1992年3月に発売されたスーパーファミコン用ソフト「弟切草」である。
 それ以前のゲームにも文章の選択肢によって進行していく形式のゲームが存在していなかったわけではなかったものの,当時は映像・音源技術が未発達であり,また製作者側のビジュアルノベル(この言葉自体がまだ存在しなかったが)製作への能力・熱意が不足していたこともあって,それらの内容は非常に貧弱なものに過ぎず,ゲームとしてプレイヤーを満足させる域には遠く及ばなかった。当時のアドベンチャーゲームの中で主流を占めていた「コマンド総当たり方式」と対照して,「文章の選択肢方式」は,「製作者の手抜き」「ゲームという形式を取る意味がない」等と酷評されており,また実際にそう言われても仕方のない水準のものでしかなかったのである。
 しかし,映像・音源技術の急速な進歩と,ゲーム界への新たな才能の流入は,ビジュアルノベルをゲーム界の新たな一ジャンルへ成長させる結果となった。シナリオライターとして「特捜最前線」「華の嵐」「都会の森」など多くのテレビドラマで名作を生み出してきた脚本家の長坂秀佳を起用した「弟切草」が,スーパーファミコンの画像処理・音源をフルに生かしたコラボレーションで好評を博し,「サウンドノベル*1をゲーム界の新たな一ジャンルとして模索する試みが,急速に広まっていった。
 そして,それは18禁ゲームの世界も例外ではなかった。
 18禁ゲーム界におけるビジュアルノベルの原型としては,シルキーズ(エルフの姉妹ブランド)から発売された「河原崎家の一族」(1993年),「野々村病院の人々」(1994年)等を挙げることができる。文章選択肢型アドベンチャーゲームという「箱」に,「ひとつのゲームに複数のシナリオがある」マルチシナリオという「中身」を入れ,かつCG,BGMや効果音をもゲームを盛り上げる一要素として意識したこれらの作品は,間違いなく「弟切草」の影響を受けたものであり,ビジュアルノベル18禁ゲームにおける萌芽を示すものだった。
 もっとも,「河原崎家の一族」「野々村病院の人々」の発売がただちにビジュアルノベルの急激な発展につながることはなかった。PC版18禁ゲームといえば,かつては「ゲーム」とは名ばかりでゲーム性が皆無の低レベルな「エロCG集」でしかなかった。そんな業界に一般ゲームにも負けないゲーム性を持ち込んで革命をもたらしたメーカーのひとつがエルフであり,「ドラゴンナイト」シリーズ,「同級生」シリーズ,「遺作」等のヒット作はその所産だったわけだが,それゆえに彼らは「従来型のゲーム性」へのこだわりを捨て切れなかったのである。
 その結果,彼らは「河原崎家の一族」「野々村病院の人々」で自らが示した新時代の可能性を,自分自身が見落としてしまった。エルフが製作するゲームは,その後もゲーム性の呪縛を離れることができず,ビジュアルノベル的ゲームを発展させる試みでは完全に遅れをとってしまったのである。
 

ビジュアルノベルの発展期

 18禁ゲーム界で「ビジュアルノベル」がひとつのジャンルとして明確に意識されるようになったのは,「」(1996年1月),「」(1996年7月),「To Heart」(1997年5月)の「ビジュアルノベル三部作」で鮮烈にデビューしたLeafの功績であることに,おそらく争いの余地はないだろう。1995年の創設当初はまったくの無名メーカーのひとつに過ぎなかったLeafだが,ビジュアルノベルに活路を見出して打ち出した前記三部作のヒットによって,見事メジャーブランドへのデビューを飾る。
 もっとも,「」「」「To Heart」は,三部作とはいってもかなりの幅がある作品だった。猟奇的・伝奇的な作風でマニア向けな評価がされていた「」「」の段階では,Leafの評価はあくまでも「意外といいゲームを出す」という程度にとどまっており,ビジュアルノベルというジャンルの基礎固めにはなっても,それ以上のものとはなっていなかった。Leafビジュアルノベルという枠すら越え,一気に18禁ゲーム業界の帝王にまで登頂せしめたのは,前二作とは打って変わった王道学園ドラマを基調とし,大衆受けする明るい作風で売り出した「To Heart」だった。 
 「」「」「To Heart」の微妙な関係は,結果として,業界におけるビジュアルノベルの位置付けを混乱させることになった。三部作といいながらも前の二作と最後の一作の作風は明らかに異なり,その中でも作風としては異端に当たる「To Heart」が圧倒的な比重を占めた結果,大衆は「To Heart」の成功をビジュアルノベルというジャンルそのものの将来性を示すものではなく,「To Heart」に内在する「何か」によるものと思い込んだのである。その結果導き出されたのは,「To Heart」人気の源泉となった「マルチ」シナリオの解析によって,その特徴として抽出されることになった「泣き」である。
 

ビジュアルノベルの繁栄期

 「To Heart」以降,18禁ゲーム界においてもビジュアルノベルが全盛期を迎える。…だが,本来ビジュアルノベルとは小説仕立てのゲームであり,喜劇もあれば悲劇もあり,喜怒哀楽,その他人間のあらゆる感情を発露する手段たり得たはずである。ビジュアルノベルの発展の方向性が「To Heart」によって決定付けられたがゆえに,その後のビジュアルノベルというジャンルそのものは,「To Heart」の影響を受けて「泣き」に極めて大きな比重がかかる形で形成されていったのである。
 「To Heart」によって18禁ゲーム界の王者となったLeafだが,その後はスタッフの離合集散があったり,冒険的な路線が必ずしもプレイヤーの支持を受けられなかったりといった迷走もあり,その王座は決して磐石のものではなかった。しかし,そんなLeafを追って新たな王者の地位に就いたのも,Leaf以上に純化された「泣き」のシナリオを誇るKeyであったことから,ビジュアルノベルの栄華は頂点に達した。
 Keyは,もともとはTacticsという中堅ブランドで「ONE〜輝く季節へ〜」(1998年5月)を製作したスタッフたちが,ほぼ丸ごと移籍する形で立ち上げたブランドであり,1作目の「Kanon」が1999年6月発売であることからも,ビジュアルノベルとしてはかなりの後発にあたる。
 しかしながら,当時のビジュアルノベル界は,「WHITE ALBUM」(Leaf,1998年5月),「加奈〜いもうと〜」(ディーオー,1999年6月)等,「泣き」の全盛期にあった*2。そんな中でKeyが送り出した「Kanon」は,「奇跡」を題材としつつも,その実は徹頭徹尾「プレイヤーの涙腺をいかにして破壊するか」という「泣きゲー」としての側面において,計算し尽くされた名作として認知されたのである。
 こうして,デビュー作でその実力を示したKeyは,やがて2作目の「AIR」(2000年9月)でその名声を不動のものとする。前作の「Kanon」は,「奇跡」を題材としつつ,全ヒロインの攻略という従来型マルチシナリオを踏襲し,さらにすべての物語の基本としてハッピーエンドを追求したがゆえに「わざとらしい」という批判も受けた。これに対して「AIR」は,「Kanon」からさらに発展し,あるヒロインの物語を中核に据え,「DREAM編」「SUMMER編」「AIR編」という重層的シナリオを採用することによって,その主題を深く掘り下げながら「泣き」を完成させるという手法を駆使するものだった。「AIR」は多くのユーザーに衝撃を与え,泣きゲー」としてのビジュアルノベルはひとつの究極を迎えた。
 

ビジュアルノベルの停滞期

 しかし,「To Heart」に始まり「AIR」に至ったビジュアルノベルの発展は,あくまでも「To Heart」によって定義された「泣き」の延長線上におけるものに過ぎなかった。本来無限の可能性を持つべきビジュアルノベルであっても,単一方向のみからのアプローチによる発展は,必ず限界に行き着く。
 「AIR」以降のビジュアルノベル界において,それまで業界を牽引する役割を果たした「泣きゲー」は,長い停滞へと陥っていく。この時期にも無数のビジュアルノベルが送り出されたものの,それらは世界観やキャラの外形のみを踏襲した「劣化To Heart」「模造AIR」の域を出ず,オリジナルがもたらした衝撃や感動を再現するどころか,むしろそれらが使い古されるに比例して,次第に飽きられていった。
 「AIR」によってビジュアルノベル界の新たな覇者となったかに見えたKeyですら,ファンから「大空位時代」と称された4年に及ぶ空白の末にようやく発売された次回作「CLANNAD」(2004年4月)においては,シナリオそのものは「AIR」よりさらに長大になったものの,それがゲームとしての評価に比例することはなく,むしろ(「AIR」の時代よりはるかに舌が肥えた)一部のプレイヤーからは「陳腐・退屈なもの」と評価されるという形で敗北を喫している。おそらく,Keyのスタッフは,無限に肥大するプレイヤーからの要求に対し,「泣き」要素で「AIR」以上のものを応え続けることが不可能だと気付いたからこそ,「AIR」で成功させた重層的シナリオ構造をより複雑に発展させることで,プレイヤーから「泣き」要素だけではない評価を得ようとしたのであろう。しかし,そうした「CLANNAD」における技術面の試みは,あくまでもビジュアルノベルの副次的な要素に過ぎず,本末転倒になってしまったきらいは否めない。
 「To Heart」以降の「泣き」要素のみを中心とするビジュアルノベルは,明らかに行き詰まりを迎えていた。
 無論,その間,18禁ゲームビジュアルノベルに,「To Heart」に始まり「AIR」に至る流れ以外のものが存在しなかったわけではない。たとえば,「泣きゲー」のジャンルからは,当初の純粋な感動を目的とした「泣き」だけでなく,主人公とシンクロして苦悩を分かち合った結果として,あるいは己の無力さに涙を流すことを目的とする「鬱ゲー」のジャンルが分岐し,独自の発展を遂げている。
 20世紀末に,ノストラダムスの大予言による影響を受けたと思われる厭世的・絶望的世界観に基づくビジュアルノベルが多数出たのもその系統なら,「WHITE ALBUM」で認知された「ヒロインの間で揺れ動く主人公の苦悩」というテーマも従来の「泣きゲー」の域を超えた成長を見せ,「君が望む永遠」(アージュ,2001年8月)という形で大きく結実するに至る。
 しかし,この路線も同様の行き詰まりを見せ,業界の低迷の中でビジュアルノベル,否,18禁ゲーム全体の将来性を疑う声すら挙がっていた。狭いジャンル内におけるストーリーの袋小路は,当時,既に18禁ゲーム界の主流を占めるに至っていたビジュアルノベルというジャンルだっただけに影響が大きく,それが18禁ゲーム界全体の低迷につながったのである。
 

ビジュアルノベルの復興期

 そんな18禁ゲーム界の危機に颯爽と現れたのが,「Fate/Stay night」である。
  商業ブランドとしてのTYPE-MOONにとって,「Fate/Stay night」は処女作にあたる。もっとも,多くのユーザーにとって,TYPE-MOONは海のものとも山のものとも知れぬブランドでは既になかった。もともと同人サークルとして始まったTYPE-MOONは,同人ゲームという形で「月姫」(2000年12月),ファンディスク「歌月十夜」(2001年8月)を大成功させた実績がある。そのTYPE-MOONが商業化を決断し,「歌月十夜」から数えて2年半に渡る空白の後に満を持して送り出したのが「Fate/Stay night」であった。
 ゲームを進めたプレイヤーは,「Fate/Stay night」の本質に気付くこととなる。それは,彼らが当時慣れ切っていた「泣きゲー」型ビジュアルノベルとはまったく異なる世界。どこかで見たような遠い既視感―少年時代だけの懐かしい記憶―を刺激するこの世界は,自分たちが幼い頃に読んでいた少年漫画で,まさに彼ら自身が支持し,熱狂し,そして愛してきた輝ける思い出ではなかったか…?
 「Fate/Stay night」の主人公である士郎は,ゲーム開始当初,魔術師としての能力は皆無に近い。しかし,自覚もないまま聖杯戦争に偶然巻き込まれた士郎は,命を賭けた戦いの中でひたすらに努力して己を磨き,自らのサーヴァントである「セイバー」や彼に協力を申し出るヒロイン「遠坂凛」らと友情・愛情を育み,時には敵でありながらも侠気のある者と協力し,犠牲を出したりもしながら,それらの苦難を乗り越えて成長し,最後の勝利へ近付いていく。それは,現在の18禁ゲームを支える年齢層が少年だった1980年代に黄金時代を迎えていた少年漫画界で特に好まれていた「燃え」の王道を地で行くストーリー構成といえる。
 このような「燃えゲー」の世界をビジュアルノベルで正面から展開したこと―それが,「Fate/Stay night」大ヒットの理由であり,また勝因である。従来の「泣き」を原点に発達してきた18禁ビジュアルノベル―まず「泣きゲー」という定義が決し,その定義に基づいて「いかに泣かせるか」という過程を組み上げてきた「泣きゲー」とは,その出発点が違う。いかに読み手の血を沸き立たせ,肉を躍らせるかという「燃え」を出発点とする「Fate/Stay night」は,当時の18禁ビジュアルノベル界の情勢の中では極めて斬新な世界だったのである。
 「燃え」を基調とするストーリーは,本来ならば,漫画界のみならずアニメ界,そしてゲーム界においても一般的なものに過ぎない。18禁ゲーム界における「燃え」ゲームとしては,アリスソフトから発売された「Only You〜世紀末のジュリエットたち〜」(1995年12月)が名高い。「ガンダム」シリーズの最高傑作であり,「燃えアニメ」といわれれば必ず名前が挙がる「機動武闘伝Gガンダム」を,18禁ゲーム的にインスパイヤしたといわれるこの作品もまた熱血,すなわち「燃え」をテーマにしている。だが,他のジャンルにおいてはそれほどに使い古された少年漫画的熱血世界は,こと18禁ビジュアルノベル界においては,路線を突き詰めるどころか,そのような発想で製作されたものは,ほとんど存在しなかった。唯一,「Phantom -PHANTOM OF INFERNO-」(2000年2月),「吸血殲鬼ヴェドゴニア」(2001年1月),「斬魔大聖デモンベイン」(2003年4月)といったビジュアルノベル形式のゲーム群を継続的にリリースしていたニトロプラスが,18禁ゲームでありながら重厚で硬派なストーリーを展開し,「拳銃のニトロ」「ニトロは女キャラより漢キャラを楽しむべき」「ヒロインですら存在感が戦闘力に比例する」等と一部で評判となってはいたが,「Phantom -PHANTOM OF INFERNO-」の初期出荷が2000本に満たなかったといわれることからも分かるとおり,彼らの存在は18禁ゲーム界の主流を大きく外れた異端であって,一般的なユーザーにその存在感を示すという領域には遠く及ばなかった。
 このことは,18禁ビジュアルノベル界の発展期において主流を占めた,「To Heart」に始まり「AIR」に至る「泣きゲー」の幻影がいかに堅固なものであったかを物語っている。「泣きゲー」を作っておけば売れる―そんな時代は,その裏で他のジャンルの発展を阻害し,18禁ビジュアルノベルの発展の限界をも示していた。「泣き」だけでは,もはや新たな地平を見出すことはできない。閉塞感とともに衰退しつつあった18禁ビジュアルノベルは,次々と現れる敵に成長する主人公とその仲間たちが立ち向かうという「Fate/Stay night」の成功により,ようやく「To Heart」以降の「泣き」の幻影から解き放たれたのである。
 「泣きゲーでなくても,面白いものを作れば売れる」
 「Fate/Stay night」は,そんな当然過ぎるほど当然の摂理を18禁ビジュアルノベル界に甦らせた。その後の18禁ビジュアルノベル界は,もはや「泣き」にとらわれず様々な喜怒哀楽の世界が花咲くようになった。業界における文化の多様性を復活させたことこそ,「Fate/Stay night」が18禁ビジュアルノベル,そして日本の18禁ゲームにもたらした最大の功績といえよう。その後は,従来のスタイルにとらわれない自由な形式のビジュアルノベルが次々と発表され,18禁ビジュアルノベルは真の発展を遂げようとしているのである。(文責:ぺ)

*1:ビジュアルノベル」と同義。もともとはこのジャンルを「サウンドノベル」と呼ぶ向きが多かったが,商標登録の関係で現在では「ビジュアルノベル」という呼称が主流となっている。

*2:前者の「WHITE ALBUM」は,後述する「鬱ゲー」の起源としての流れも汲んでいるが。