Tactics/Key諸作品におけるファンタジー世界観〜時系列の共鳴・共振ないし円環構造,もしくは共時性〜(14)

第2章 Tactics/Key諸作品のファンタジー世界観Ⅰ―『ONE〜輝く季節へ〜』の場合―

6.「永遠の世界」の終幕〜きみとぼくの想念が共時(シンクロ)するラストシーン

 
  『ONE〜輝く季節へ〜』のファンタジー世界観について,これまで検討してきた結論を,二つに要約するならば,下記の通りである。

  • 「永遠の世界」は,人の想念が呼応―共時(シンクロ)―して生み出すもう一つの実在世界であり,生活世界と遊離しているようで,実はしていない地続きな関係にある。
  • 生活世界と「永遠の世界」との間には交互影響関係ないし時系列の共鳴・共振が生じており,その結果,時制の乱れ,あるいは因果関係の倒錯が促される。

  ここでは,この二つの要約を踏まえながら,「永遠の世界」のラストシーン―永遠の世界Ⅸと,生活世界のラストシーン―個別シナリオのエピローグについて,シナリオ構成上の対称関係を検討し,それをもって『ONE〜輝く季節へ〜』におけるファンタジー世界観のまとめに代えることにしよう。
 

(1) 「永遠の世界」から絆を求める,ぼくの想念


駆け抜けるような4ヶ月だった。
そしてぼくは,幸せだったんだ。
(滅びに向かって進んでいるのに…?)
いや,だからこそなんだよ。
それを,知っていたからぼくはこんなにも悲しいんだよ。
滅びに向かうからこそ,すべてはかけがえのない瞬間だってことを。
こんな永遠なんて,もういらなかった。
だからこそ,あのときぼくは絆を求めたはずだったんだ。
…オレは。
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅸ)

  さて,いよいよ生活世界における過去の出来事を追想し終えると,「永遠の世界」に在る「ぼく」はその世界での意識を閉じて,かつて生活世界に在ったときと同じ「オレ」という一人称が再起動する*1 *2。このとき,「永遠の世界」における「ぼく」の視点は,青空と白い雲を見上げる位置に移っており,それまで遥か上空にあったところから,大地へ向かって明らかに沈降している。大気の中から大地の許へ。このような視点の変化によって,折原浩平が「永遠の世界」を離脱し,生活世界へ帰還することは出来事として印象付けられることになる。
  折原浩平が「永遠の世界」―ひいては永遠願望から脱却できたのは,生活世界に在るヒロイン=「きみ」とのかけがえない絆という物語化*3に成功し,「滅びに向かうからこそ,すべてはかけがえのない瞬間」なのだ,と恒常的に変化し続ける生活世界*4を肯定できたことによるところが大きい*5。というのも,「永遠の世界」に実在する内面世界としての側面があるとするならば,その世界に在った「ぼく」の自意識が移ろえば,世界自体に物理的な影響が及ぶことも大いにあり得るからである*6
 

(2) 生活世界から絆を確かめる,きみの想念

  他方で,折原浩平が生活世界から消失している間,ただひとり残された世界で彼の記憶を忘れずにいたヒロインの境地は,どのようなものとして描写されていただろうか。


留まっているのは思い出だけだ。
色あせない思い出…
その中に身を投じれば,わたしは辛くなる。
激しく,心が震えてしまう。
 
でも,それのほうがイヤな夢だったことに気付くとなにもかもを失った気さえする。*7
(『ONE〜輝く季節へ〜』長森瑞佳シナリオ・エピローグ)


ずっと去年の,あの時間に留まって…
あの頃の,あいつのそばに居た,一番輝いてた自分に留まって…
あいつのために綺麗でいられた,あの頃に留まって…
長かった…
  残酷…
………
…帰ろう
ずっとあたしがいなかった,現実に。
とりあえずこのドレスを仕舞って…
あいつとの時間をもう過去として終えるんだ…。
あたしは,ついに一歩を歩み出す。
(『ONE〜輝く季節へ〜』七瀬留美シナリオ・エピローグ)


一年分の,思い出いっぱい。
ひとりでがんばった思い出いっぱい。
いろんなひとにありがとう。
そしてさようなら。
(『ONE〜輝く季節へ〜椎名繭シナリオ・エピローグ)


ちょうど1年前のあの時,私はあの場所に座っていた。
その時の私の中は,不安しかなかった。
私が生きてゆける唯一の世界から旅立たねばならないことに,たとえようのない恐怖を感じていた。
 
だけど,そんな私の背中をポンと押してくれた人が居た。
 
だから私は戻ることができた。
自分の世界。
切望して止まなかった世界。
今,私はその場所に居る。
 
浩平君が私を送り出してくれたように…。
私は,今ここで浩平君を見送るよ。
(『ONE〜輝く季節へ〜』川名みさきシナリオ・エピローグ)


それでも,今度こそはって…。
その繰り返しだった。
無意味に繰り返される非日常。
 
あいつの居ない日常に再び身を投じて…。
(『ONE〜輝く季節へ〜』里村茜シナリオ・エピローグ)

  そのとき彼女たちが,過ぎ去ったと自覚するものが,折原浩平との「駆け抜けるような4ヶ月」の絆の時であることは注目に値する*8。生活世界に残したヒロインとの絆の深さが,「永遠の世界」に消え去った折原浩平を再び生活世界の側へと繋ぎ止めて*9くれるはずであるにもかかわらず,彼女たちは,その絆の時「から遠ざかっている」*10という心境を仄めかす。
  一見すると矛盾のようにも思われるが,これはまさに,折原浩平だけでなく,生活世界にいる彼女たちの側も,永遠願望に囚われることなく「滅びに向かうからこそ,すべてはかけがえのない瞬間」という境地に達したことを意味するのに他ならない。折原浩平とヒロインが求め合った絆の真価は,それが失われることを受け容れなければ,辿り着くことのできない境地にあるということである。

過ぎてゆくものだから,それは素敵なこと。
かけがえないもの。
 
失う。
そんな日常を失ってしまうのか…。
(『ONE〜輝く季節へ〜』長森瑞佳シナリオ・日付不明)


だからこそ,その移り変わりは早くて…。
退屈な生活は,その時々によって様々な姿を見せる…。
限りあるからこそ見えるもの…。
限りあるからこそ気づくもの…。
(『ONE〜輝く季節へ〜』里村茜シナリオ・エピローグ)


それでも,変わらないことなんてない…。
常に流れる時間に身を置いているからこそ,そこに存在するただ退屈なだけの日常を幸せだと感じることができる。
(『ONE〜輝く季節へ〜』椎名澪シナリオ・エピローグ)

 

(3) 想念がシンクロするとき,時系列も共鳴・共振する

  以上を踏まえると,「永遠の世界」に在る「ぼく」と,生活世界に在るヒロインの両者がともに,過去の際限ない延長的な永遠願望から脱却し,恒常的に変化し続ける現在に在ることを志向した瞬間,折原浩平の生活世界への帰還が明らかになるという点で,各個別シナリオの構成は通底しているということができる。
  このとき,少なくとも,「過ぎ去る」という通時的認識について,「ぼく」と「きみ」との間で共時(シンクロ)があったことだけは確かである。そして,その瞬間,「永遠の世界」にも「過ぎ去る」という律動が発生して生活世界との一瞬の接触が実現し,あるいは,時系列に即していえば,過去の時制と現在の時制が激しく共鳴・共振した,と把握することもできる。


そのとき,あたしは留めていた輝く時間が動き出す音を確かに聞いていた。
(『ONE〜輝く季節へ〜』七瀬留美シナリオ・エピローグ)

  ただし,ここで,前者の人と人の想念の共時(シンクロ)と,後者の世界同士の交互影響ないし時系列の共鳴・共振との間に,因果性や相関性といったメカニズムを見出すことは難しい。あくまでも,想念がシンクロするとき,時系列は共鳴・共振するのであって,想念がシンクロするから,時系列も共鳴・共振するのではない。両者の間に認められるのはせいぜい牽連性に過ぎず,関連付けはあくまでも仄めかしの域に留まっていることを,看過してはならないのである。(この章,了。文責:ぴ)

*1:拙稿「Tactics/Key諸作品におけるファンタジー世界観〜時系列の共鳴・共振ないし円環構造,もしくは共時性〜」第2章 Tactics/Key諸作品のファンタジー世界観Ⅰ―『ONE〜輝く季節へ〜』の場合―/2. 現象として地続きな,しかし生活世界と遊離する「永遠の世界」/空へと向かう「永遠の世界」の視界(2007年9月,http://d.hatena.ne.jp/milky_rosebud/20071203/p1)より。

*2:拙稿「Tactics/Key諸作品におけるファンタジー世界観〜時系列の共鳴・共振ないし円環構造,もしくは共時性〜」第2章 Tactics/Key諸作品のファンタジー世界観Ⅰ―『ONE〜輝く季節へ〜』の場合―/5.「永遠の世界」と生活世界の例外的な時制〜時系列の共鳴・共振〜/(4) 長森瑞佳シナリオ〜擬似的兄妹関係の終焉と反動〜(2007年9月,http://d.hatena.ne.jp/milky_rosebud/20071209/p1)より。

*3:出来事の意味を後付けすること。出来事が遡及的に発生するわけではない。

*4:過去の際限ない延長関係に対する執着や拘泥を特質とする永遠願望と,恒常的に変化し続ける現在概念を特質とする生活世界の対比については,then-d「智代アフター試論―Life is like a "Pendulum"―」3.ふたつの「永遠の現在」性(2006年12月初出,同人誌『永遠の現在』205頁(2007年8月,C72,http://members.jcom.home.ne.jp/then-d/html/project.html)所収)による検討。拙稿も基本的にはこの用例に従っている。

*5:拙稿「Tactics/Key諸作品におけるジュブナイル的主題の変遷と展開―通時性と共時性―(その1)」(同人誌『永遠の現在』270頁(2007年8月,C72,http://members.jcom.home.ne.jp/then-d/html/project.html)所収による検討。

*6:拙稿「Tactics/Key諸作品におけるファンタジー世界観〜時系列の共鳴・共振ないし円環構造,もしくは共時性〜」第2章 Tactics/Key諸作品のファンタジー世界観Ⅰ―『ONE〜輝く季節へ〜』の場合―/5.「永遠の世界」と生活世界の例外的な時制〜時系列の共鳴・共振〜/(1) ぼくは「永遠の世界」から,生活世界のきみを追想する(2007年9月,http://d.hatena.ne.jp/milky_rosebud/20071206/p1)より。

*7:長森瑞佳シナリオについては,then-d「Sweetheart,Sweetsland〜長森瑞佳論〜」3.長森の「永遠に到る病」(2006年8月初出,同人誌『永遠の現在』57頁(2007年8月,C72,http://members.jcom.home.ne.jp/then-d/html/project.html)所収)による検討。

*8:拙稿「Tactics/Key諸作品におけるジュブナイル的主題の変遷と展開―通時性と共時性―(その1)」(同人誌『永遠の現在』271頁(2007年8月,C72,http://members.jcom.home.ne.jp/then-d/html/project.html)所収による指摘。

*9:ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・エピローグより。

*10:ONE〜輝く季節へ〜』長森瑞佳シナリオ・エピローグより。