Tactics/Key諸作品におけるファンタジー世界観〜時系列の共鳴・共振ないし円環構造,もしくは共時性〜(10)

第2章 Tactics/Key諸作品のファンタジー世界観Ⅰ―『ONE〜輝く季節へ〜』の場合―

5.「永遠の世界」と生活世界の例外的な時制〜時系列の共鳴・共振〜

 

(5) 七瀬留美シナリオ〜「水たまり」で跳ね回る子供から大人へ〜(シナリオ担当:麻枝准)

  七瀬留美シナリオの場合でも,「永遠の世界」で風が吹き,雲が動き,草の匂いを感じるという律動に転じた決定的な描写が現れる前後,それに呼応するかのように,生活世界で折原浩平と七瀬留美が「小学生だったふたりが,大人になるまでを二ヶ月で経験」*1するような恋愛関係へ急速に踏み込んでいく描写が用意されており,二つの世界の間での交互影響関係,あるいは時系列の共鳴・共振が仄めかされている。


浩平「じゃあな,七瀬」
七瀬「うん,ばいばい」
オレは先に,自分の帰り道のほうへと歩き始めた。
七瀬「あ,折原っ」
浩平「うん?」
七瀬がオレを呼び止めていた。
七瀬「えっと…ボディガード,ご苦労様っ」▽
浩平「はい?」
一瞬わけがわからなかったが,すぐそういうことか,と理解する。
浩平「気ぃつけて帰れよ。ここからはオレの管轄外だからな」
七瀬「うん」
そんな他人が聞いてもわけがわからないようなやり取りをして,オレたちは別れた。
(『ONE〜輝く季節へ〜』七瀬留美シナリオ・12月14日放課後)

*この直後,生活世界から永遠の世界Ⅳへ切り替わる*
(ねぇ,たとえば草むらの上に転がって,風を感じるなんてことは,もうできないのかな)△▽
(『ONE〜輝く季節へ〜』七瀬留美シナリオ・12月15日起床前/永遠の世界?)

*この直後から,生活世界ではいわゆる画鋲ネタのエピソードが始まる*
レジで勘定を済ませる七瀬の背中を見ていると,不思議な違和感がわく。
そうか…長森じゃないんだな。
オレは長森じゃない女の子とふたりきりで街を歩いてるんだな。△
七瀬「おまたせ」
浩平「ん,ああ。いこうか」
その後,定番通りといえばなんだが,ハンバーガーショップで軽く腹を膨らませた。
七瀬「じゃあ,そろそろ帰るね」
浩平「ああ,じゃあな」
七瀬「うん,ばいばい」
くるりと背中を向け,オレとは別の帰り道を歩いてゆく。
七瀬「あ,そうだ」
その途中で振り返る。
七瀬「楽しかったよ,今日は」
浩平「そうか。そりゃよかった」
七瀬「うん,じゃあ,また明日」△
………。
(『ONE〜輝く季節へ〜』七瀬留美シナリオ・12月18日放課後)

  また,七瀬留美シナリオには,シナリオ構成として叙述される箇所が相当離れていることを度外視しても,次の通り,時系列の共鳴・共振が「水たまり」のモチーフを介して発生していると考えられる場面がある。

とても幸せだった…
それが日常であることをぼくは,ときどき忘れてしまうほどだった。
そして,ふと感謝する。
ありがとう,と。
こんな幸せな日常に。
水たまりを駆けぬけ,その跳ねた泥がズボンのすそに付くことだって,それは幸せの小さなかけらだった。
永遠に続くと思ってた。
ずっとぼくは水たまりで跳ね回っていられると思ってた。▼
幸せのかけらを集めていられるのだと思ってた。
でも壊れるのは一瞬だった。▽
(『ONE〜輝く季節へ〜』プロローグ)

 
七瀬の言うとおり,いつの間にか雨はやみ,雲の間から顔を覗かせた太陽の光を浴びて中庭は輝き始めていた。
浩平「帰るか」
七瀬「うん」
ただ,オレは,失われてゆくものだけに美しいことを知っていった。▽
浩平「うりゃっ」
わざと水たまりを踏んで歩く。
七瀬「折原,やめなって。ほら,裾汚れてるよ?」
浩平「そんなものは洗えば済むだろ」
それよりも,オレにはこの一瞬が大事なんだ。△
浩平「ほら,ここまでこいよ」
七瀬「えーっ…そんな水たまり越えられないって…」
浩平「どうして。七瀬はスポーツ少女だったんだろ?」
七瀬「うーん…無理だと思うよ?」
浩平「ま,やってみなって」
七瀬「うん。じゃあ,いくよ? 泥が飛び跳ねてもしらないよ?」
浩平「ああ,おまえだったら大丈…」
バチャアアァァァーーーンッ!
浩平「………」
七瀬「やっぱダメだったぁ…あははっ」
浩平「おまえ…わざとだろ…」
七瀬「そんなことないって。こんなのムリムリ。ぜんぜん跳べないよ」
浩平「ばかなことを言うな。駅のホームからホームに飛び移れるぐらいなら容易いはずだろ」
七瀬「いつそんなことできるって言ったのよっ」
浩平「間違った。ビルとビルの間か」
七瀬「距離延びてるって」
浩平「まったく可愛い子ぶるから,上着まで泥が飛んだじゃないか…」
七瀬「だから飛ぶよって言ったのに」
ただ子供のようにはしゃぐ。▲
童心に帰ったように。
浩平「ん…」
その目で,夕焼けの空を仰いだとき,ひとつのイメージが頭の中に広がった。▼
……
真っ赤な世界。
…どこまでも続く世界だ。
(『ONE〜輝く季節へ〜』七瀬留美シナリオ・3月某日)

*この直後,生活世界から永遠の世界Ⅷへ切り替わる*
また,ぼくはこんな場所にいる…。▲
悲しい場所だ…。
ちがう
もうぼくは知ってるんだ。△
だから悲しいんだ。
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅷ)

  そして,「永遠の世界」と生活世界は,滅びに向かう悲しみ薄れゆく恐怖感求めた絆繋いだ手,とモチーフを交差させる中,二つの世界に在る「ぼく」と「オレ」の一人称が呼応するかのように「オレ」と揃う瞬間,決定的な交互影響を及ぼし合い,その時系列の共鳴・共振が最大に達する,と把握できる余地を七瀬留美シナリオにも認めることができる。

それを,知っていたからぼくはこんなにも悲しいんだよ。
滅びに向かうからこそ,すべてはかけがえのない瞬間だってことを。
こんな永遠なんて,もういらなかった。
だからこそ,あのときぼくは絆を求めたはずだったんだ。
…オレは。▽
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅸ)

*この直後,永遠の世界Ⅸから生活世界へ切り替わる*
オレは七瀬の手を握っていた。△
七瀬「えっ? どうしたの,急に?」
浩平「いや……」
…薄れてゆく存在。
その違和感が恐かった。
(『ONE〜輝く季節へ〜』七瀬留美シナリオ・3月某日)

*1:ONE〜輝く季節へ〜』七瀬留美シナリオ・1月8日より。