Tactics/Key諸作品におけるファンタジー世界観〜時系列の共鳴・共振ないし円環構造,もしくは共時性〜(9)

第2章 Tactics/Key諸作品のファンタジー世界観Ⅰ―『ONE〜輝く季節へ〜』の場合―

5.「永遠の世界」と生活世界の例外的な時制〜時系列の共鳴・共振〜

 

(4) 長森瑞佳シナリオ〜擬似的兄妹関係の終焉と反動〜(シナリオ担当:麻枝准)


浩平「もっと違う起こし方してくれたら,すぱっと起きられるかもな」
長森「どんなだよ」
<選択肢:目覚めのキスだとか…>
浩平「目覚めのキスで起こすとかだな…」
長森「もーっ,またなに言ってんだかっ…。どうせそんなことしたって,ぐーぐー寝てるくせに」
<選択肢:いや,さすがに起きるだろう>
浩平「いや,さすがに起きるだろう」
長森「どうして?」
浩平「ドキドキするからだ」▽
オレは言ってから,何をバカなことを言ってるんだろう,と思う。
長森「えーっ,どうしてドキドキするのっ? わたしだよ,わたしっ! 浩平,わたしなんかにキスされて嬉しいのっ!?」
(『ONE〜輝く季節へ〜』共通シナリオ・12月10日起床後)

 
そして,そんななにもない,どこにも繋がらない場所で,ぼくはぼくを好きでいてくれるひとだけの存在を,もっと切実に大切に思うのだ。△
きみと一緒にいられること。
それはこの世界との引き替えの試練のようであり,また,それこそがこの世界が存在する理由なのだと思う。
(『ONE〜輝く季節へ〜』共通シナリオ・12月10日就寝後/永遠の世界Ⅲ)

  ところが,個別シナリオに分岐すると,生活世界の出来事に呼応するかのように,「永遠の世界」の固定性が揺らぎ始める。

(ねぇ,たとえば草むらの上に転がって,風を感じるなんてことは,もうできないのかな)▽
(『ONE〜輝く季節へ〜』長森瑞佳シナリオ・12月15日起床前/永遠の世界Ⅳ)

 
長森「ね,どこいく?」
浩平「そうだなー……ゲーセン」
長森「えー,ゲームしにいくの?」
あからさまに難色を示す長森。こいつはゲームというものにまったく興味を示さないタイプの人間だからな…。
まあ,オレもダメもとで聞いてみた感じだ。
浩平「いやか?」
長森「うーん……」
浩平「仕方ないな。じゃ,まっすぐ帰るか」
長森「え,でも,いいよ……いこうよ,ゲーセン」△
浩平「おまえ,嫌なんだろ?」
長森「我慢するよ」
浩平「そんな,テスト期間中だからリラックスするためにいくってのに,我慢するぐらいなら,いく必要なんてないの」
長森「ううん,いきたいよ,ゲーセン」
浩平「嘘つくな」
長森「ううん,浩平とだったら,いきたいよ,ゲーセン」
浩平「ほんとか?」
長森「うんっ。浩平とだったら,一緒に居るだけで面白いと思うよ」
(『ONE〜輝く季節へ〜』長森瑞佳シナリオ・12月15日放課後)

 
長森「はぁ……大丈夫かな,浩平は」
浩平「なにが」
長森「わたしがずっとそばに居てあげなくちゃいけないのかな,なんて思うよ」△
(『ONE〜輝く季節へ〜』長森瑞佳シナリオ・12月16日放課後)

 
<選択肢:じゃあ,なおさら遊んで帰るか>
浩平「じゃあ,なおさら忘れるために,遊んで帰るか」
長森「うん,そうしよっ。あんまりハメははずせないけどね」
浩平「でももう,どこも行き飽きたって感じだけどな」
長森「そんなことないよ。浩平とだったら,どこだって楽しいよ?」
浩平「そうか? じゃあ,どっかで食いながら,話しでもするか」△
長森「うん,それで十分楽しいよ」
 
<選択肢:学生の定番,恋の話をする>
恋の話…?
確かに定番だろうけど,このオレたちにそれほど縁遠い話題もないぞ…。
まあ,いい。振ってみるか。
浩平「長森,恋はしてるか」
ぶっ!
長森がミルクティーを逆流させてしまう。
浩平「うわ,おまえ汚いなぁ…」
長森「そ,そんな,浩平がおかしなこと言うからだよっ」
浩平「どうして。オレたちだって,いい年頃の学生なんだから,そんな話したって普通だろ?」△
長森「でも,唐突すぎるよっ」
浩平「まあ,唐突だったのは認めるけど…」
浩平「で,どうなんだ。恋はしてるのか」
長森「してないよ」
浩平「はぁっ……やっぱ,おまえ,オレのことなんか心配してるよりも自分のこと心配したほうがいいと思うぞ」
長森「だって,誰かさんが,させてくれないんだもん」
(『ONE〜輝く季節へ〜』長森瑞佳シナリオ・12月17日放課後)

 
オレは目を覚ますと,そのまま上体を起こす。
浩平「グモニー」
浩平「おっと,英語の勉強しすぎかな」
長森「そんな簡単な問題なんてでない」
浩平「なら,ジュテーム」△
長森「だ,誰に言ってるんだよっ」
浩平「おまえに決まってんだろ」
長森「えっ…?」△
(『ONE〜輝く季節へ〜』長森瑞佳シナリオ・12月18日起床後)


*長森瑞佳がゲーセンへ足を運び,折原浩平のそばに居たいと口にし,一緒に話すだけでも楽しい,そして恋の話をしよう,と到る一連の出来事がいかに劇的であり,それぞれどのようなモチーフを読み取ることができるかについては,then-d「Sweetheart,Sweetsland〜長森瑞佳論〜」(2006年8月初出,同人誌『永遠の現在』40頁(2007年8月,C72,http://members.jcom.home.ne.jp/then-d/html/project.html)所収)による詳細な検討を参照されたい。
  長森瑞佳シナリオは,この交互影響関係,あるいは時系列の共鳴・共振が特にはっきりしている。生活世界で当初,あれほど幼なじみ同士の際限ない延長関係に拘泥し,互いに異性を意識することに過剰なまでの拒絶反応を示していた長森瑞佳と折原浩平との関係性(擬似的兄妹関係)は,「永遠の世界」で風が吹き,雲が動き,草の匂いを感じるという律動に転じた決定的な描写―それを望んだのは「永遠の世界」に在る「ぼく」なのだ―が現れた直後から,それに呼応するかのように,劇的に恋愛関係へと転換していく。
  ところが,生活世界で長森瑞佳と恋仲になった後,折原浩平の抱く不安に応じるかのように,二つの世界の間での交互影響関係,あるいは時系列の共鳴・共振は,再び「永遠の世界」の固着化へと向けられていく。

手が何かに触れた。
それは長森の手だった。
長森が,オレの手を握っていた。
長森「あはっ…」
照れて,小さく笑う長森。
オレの冷たい手を,長森の温かい手が握っている。
浩平「………」
<選択肢:振りほどいてやる>
長森「………」
ただ黙って手を握って歩く長森。オレも何も言わず歩いた。
長森「クリスマス…だね」
そんな言葉を繰り返していた。
なんなんだろう,この感情は…。▼
(『ONE〜輝く季節へ〜』長森瑞佳シナリオ・12月21日放課後)

 
なにも失わない世界にいるぼくは
なにをこんなにも恐れているのだろう。▲
(『ONE〜輝く季節へ〜』長森瑞佳シナリオ・12月21日就寝後/永遠の世界Ⅳ)

  そして,シナリオ終盤,生活世界と「永遠の世界」は,その能動性と固定性とが,まるで振り子運動のように激しく交差するようになり,

放課後になり,帰り支度を終えて教室を見回すと,長森の姿はない。
部活にでもいったのかと思って,教室を出ると廊下に長森が待っていた。▽
(『ONE〜輝く季節へ〜』長森瑞佳シナリオ・1月8日放課後)

*この直後,生活世界から永遠の世界Ⅶへ切り替わる*
帰り道…
(ん…?)
帰り道を見ている気がするよ。△
(そう…?)
うん。遠く出かけたんだ,その日は。
(うん)
日も暮れて,空を見上げると,それは違う空なんだ。いつもとは。
違う方向に進む人生に続いてるんだ,その空は。
その日,遠出してしまったために,帰りたい場所には帰れなくなってしまう。▲
ぼくは海を越えて,知らない街で暮らすことになるんだ。
そしていつしか大きくなって,思う。
幼い日々を送った,自分の生まれた街があったことを。
それはとても悲しいことなんだ。
ほんとうの温もりはそこにあるはずだったんだからね。△
(………)
(…それは,今のあなたのことなのかな)
そんなふうに聞こえた…?
(うん…)
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅶ)


オレは生涯でこれほどに楽しくて幸せな時など二度と巡ってくることなどないのではないか,と思うほどの日々を送っていた。▽
でもそれは,長森が居てくれるなら続くと思う。
 
夕焼けの帰り道。
オレは斜めから差す陽に向かって,空を見上げた。▼
……
真っ赤な世界。
…どこまでも続く世界だ。
(『ONE〜輝く季節へ〜』長森瑞佳シナリオ・1月14日放課後)

*この直後,生活世界から永遠の世界Ⅷへ切り替わる*
また,ぼくはこんな場所にいる…。▲
悲しい場所だ…。
ちがう
もうぼくは知ってるんだ。△
だから悲しいんだ。
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅷ)


だってずっと子供のままだったんだから…
みずかは。▽
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅸ)

*この直後,永遠の世界Ⅸから生活世界へ切り替わる*
浩平「瑞佳っ!」△
オレは思わず,長森の名を叫んでいた。
(『ONE〜輝く季節へ〜』長森瑞佳シナリオ・1月14日放課後)


*折原浩平にとって,「長森」と「瑞佳/みずか」が交差し,「長森瑞佳」が認識された決定的瞬間。その意味するところについては,then-d「Sweetheart,Sweetsland〜長森瑞佳論〜」(2006年8月初出,同人誌『永遠の現在』40頁(2007年8月,C72,http://members.jcom.home.ne.jp/then-d/html/project.html)所収)による詳細な検討を参照されたい。
それまでずっと苗字の「長森」で長森瑞佳のことを呼んでいた生活世界の折原浩平が,直前に挿入された「永遠の世界」の「ぼく」が呼んだ「みずか」という声に喚起されるかのように,初めて彼女のことを「瑞佳」と名前で呼んだ瞬間,生活世界と「永遠の世界」は,決定的な交互影響を及ぼし合い,その時系列の共鳴・共振が最大に達する*1。その帰結として,「永遠の世界」の「ぼく」はその世界での意識を閉じ,かつて生活世界に在ったときと同じ「オレ」という一人称再起動する―と二つの世界の間に働いた力学を把握できる余地が生じることになる。

こんな永遠なんて,もういらなかった。
だからこそ,あのときぼくは絆を求めたはずだったんだ。▽
…オレは。△
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅸ)

*1:ちなみに,七瀬留美シナリオと椎名繭シナリオでも,この場面で生活世界の折原浩平は「瑞佳」と名を呼ぶ。したがって,「瑞佳」と呼ぶ折原浩平を根拠にして,この瞬間に生活世界と「永遠の世界」との決定的な交互影響を見出すのは,長森瑞佳シナリオに限って有効な解釈であることに注意しなければならない。