Tactics/Key諸作品におけるファンタジー世界観〜時系列の共鳴・共振ないし円環構造,もしくは共時性〜(5)

第2章 Tactics/Key諸作品のファンタジー世界観Ⅰ―『ONE〜輝く季節へ〜』の場合―

4.「永遠の世界」と生活世界の原則的な時制〜追想の物語〜

  次に,「永遠」という用例の特殊性*1を念頭に置きつつ,現象としての「永遠の世界」の時制について,以下の通り概観しておこう。
  『ONE〜輝く季節へ〜』共通シナリオの冒頭については,


「えいえんはあるよ」
彼女は言った。
「ここにあるよ」
確かに,彼女はそう言った。
永遠のある場所。
…そこにいま,ぼくは立っていた。
(『ONE〜輝く季節へ〜』プロローグ)

という言い回しから,既に発生している「永遠の世界」へ「ぼく」が初めて到来した瞬間を,現在完了形で描写しているという推測が働く。この場面でかかるBGMのタイトルが「追想」であることも,この推測を後押しすることだろう。時系列の順番を追いかけると,プレイヤーキャラクターの「オレ」(折原浩平)が,日常的な生活世界でヒロインたちとの学園生活を過ごし,非日常的な「永遠の世界」へと消え去り*2,元の世界に残してきたヒロインとの絆の深さによって生活世界への帰還を果たす*3物語として把握される。
  他方で,シナリオ構成順に着目すると,「ぼく」が「永遠の世界」を旅しながら,かつて「オレ」が過ごした生活世界での日常を追想し続け,エピローグに到って,ようやく「永遠の世界」から生活世界への帰還が現在進行形で物語られる。したがって,生活世界,殊に折原浩平が消失する前の出来事は,その叙述が実況調一人称*4であるにもかかわらず,実際には全て過去のものである(あるいは,端的に「現在形で語られる過去*5と捉えるべきか)。
  この点については,「永遠の世界」に関する下記の言及を根拠にして,

そしてその世界には,向かえる場所もなく,訪れる時間もない。
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅰ)

静止していたのは,それを見ている自分の世界だった。
 
進んでいるようで,進んでいない。メビウスの輪だ。
あるいは回転木馬。リフレインを続ける世界。
 
(世界はここまでなんだね…)
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅱ)

(この世界は終わらないよ)
(だって,すでに終わっているんだから)
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅶ)

「永遠の世界」に関する現象では時間の概念が存在しない,あるいは,時系列の円環状態(ループ)が発生していると把握する余地もある*6。もっとも,生活世界を基準とする限り,「永遠の世界」は「確かにもうひとつの世界」*7なのであり,「オレ」(折原浩平)が生活世界において約1年間,記憶の彼方へと忘却され,その存在が消失し,ようやく帰還する(あるいはそのまま帰還しない)という出来事は揺るがない*8。したがって,「永遠の世界」における時間の概念にかかわりなく,少なくとも「ぼく」が「永遠の世界」に在る間,生活世界では「オレ」(折原浩平)が不在のまま時間が経過していくことに変わりはない。

*1:ONE〜輝く季節へ〜』において,「永遠」の意味内容が直接定義されることはなく,迂遠かつ逆説的に,しかも事後的に発見されるに過ぎないという特徴。影王「Last examinations」前提考察『ONE〜輝く季節へ〜』(2000年3月,http://www22.ocn.ne.jp/~pandemon/text/L.e_pre_e.html),then-d「智代アフター試論―Life is like a "Pendulum"―」3.ふたつの「永遠の現在」性(2006年12月初出,同人誌『永遠の現在』205頁(2007年8月,C72,http://members.jcom.home.ne.jp/then-d/html/project.html)所収)による指摘。

*2:生活世界の住人から徐々に彼は認識されなくなっていき,彼に関する記憶が生活世界の住人から忘却され切ると,彼の存在自体が生活世界から消失する。後述の通り,絆を結んだヒロインを唯一の例外として。

*3:その途端,あるいはその直前,唐突に生活世界の住人は彼に関する記憶を取り戻し,彼の存在を認識できるようになる。

*4:実況調一人称については,涼元悠一「ノベルゲームのシナリオ作成技法」(秀和システム,2006年,ISBN:4798013994)127頁以下による指摘。

*5:cogni「麻枝准の文体/序論」(同人誌『永遠の現在』329頁(2007年8月,C72,http://members.jcom.home.ne.jp/then-d/html/project.html)所収),今木「CLOSED LOOP」2004年8月17日の項(http://imaki.hp.infoseek.co.jp/200408.html#17)/2002年8月10日の項(http://imaki.hp.infoseek.co.jp/p0208.shtml#10)より。

*6:風塵録「『ONE』をプレイして考えたこと(「永遠の世界」について)」(http://www10.plala.or.jp/fujin/tactics.html)より。

*7:ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅰより。

*8:生活世界における折原浩平の消失を出来事として確定させるため,『ONE〜輝く季節へ〜』各個別シナリオのエピローグは,実況調一人称による叙述の主体を「オレ」(折原浩平)以外の第三者に移し,多層的な説得を図っている。前述。