Tactics/Key諸作品におけるファンタジー世界観〜時系列の共鳴・共振ないし円環構造,もしくは共時性〜(3)

第2章 Tactics/Key諸作品のファンタジー世界観Ⅰ―『ONE〜輝く季節へ〜』の場合―

2.現象として地続きな,しかし生活世界と遊離する「永遠の世界」

  他方で,現象としての「永遠の世界」についても,第三者的な叙述は一切存在しない。「永遠の世界」を構成する諸現象は,その世界に在る「ぼく」の独白による風景描写*1と,その世界のもう一人の住人である「彼女」*2との会話を通じて,描写されているに過ぎない。つまり,その世界に在る「ぼく」の視点から,彼の体感に基づく言及と,あるいはその世界に共に在る「彼女」との語らいだけが,不確かな「永遠の世界」を知り得る全てなのである。ここではとりあえず,以下の通り「永遠の世界」を視覚的に概観することを試みよう。
 

(1) 空へと向かう「永遠の世界」の視界

  すなわち,辿り着いた瞬間,「永遠の世界」は暗闇,もしくは無の風景である*3。やがて視界が開けると,小さな浜辺から遠く水平線と,水平線から湧き立つ巨大な雲*4が広がっている。雲に覆われているせいか,その情景は薄暗い。「そこへ,いつしかぼくは旅だって[…]永遠に大海原に浮か[んで]いた」のだ*5。次は,「夕日に赤く染まる世界[…]動いている世界を止まっている世界から見てい」る「ぼく」と「彼女」との会話の場面。視点は海岸線から沖合へ,海上へと移動していく*6。そして,日没直後の大海原。闇に包まれた水平線に,夕焼けが一筋,残照を放つ情景がぼんやりと浮かび上がる*7
  やがて,その視点は一転し,鮮やかな青に彩られた空へと向けられる。「たとえば草むらの上に転が[…]る」かのように,「ぼく」は「大きな雲を真下から眺め」る*8。次いで,「ぼく」の視点は「この下には[…]なんにもない[…]空だけの世界」へと移り,今度は上空から雲を見下ろす*9。そして,さらに高度は上昇し,雲は遥か下方に遠ざかる。薄青の大気が広がる中,「ぼく」は「放り出された海に浮か[…]ぶ」自分の姿を想起する*10
  再び,視点は上空に据え置かれたまま,真正面に夕焼けが現れる。さらにその上方には,一筋の雲がゆらゆらと道を作るかのように沸きこもっており,夕陽に照らし返される。「ぼく」はこの情景を目の当たりにしつつ,「日も暮れて,空を見上げると,それは違う空なんだ」と呟き,「帰り道…」を連想する*11。すると,視界は暗転し,暗闇,もしくは無の風景*12に立ち戻る。「ぼく」は「こんな[…]悲しい場所」に居残ったまま,亡き妹(みさお)との生前の思い出と,みさお没後に「ぼく」が「彼女」と「永遠の盟約」を交わした瞬間を追想する。
 

(2) 「永遠の世界」と生活世界との地続き性と遊離性

  こうしてみると,「永遠の世界」では,海面から天空へと,緩やかに,しかし飛躍的に視界が浮遊していくことが分かる。ただし,そこで描写されていく風景は「永遠の世界」固有のものとは限らない。たとえば,「永遠の世界」には,「訪れる時間もな」*13く,「静止した世界」*14であるはずにもかかわらず,海の沖合にある「ぼく」の視点から,「光は動いているし,バイクの加速してゆくエンジン音だって聞こえ」てくる海沿いの*15ビル街を遠望する場面があったりする*16。この「夕日に赤く染まる」街を指して,「ぼく」と「彼女」は


(あそこには帰れないんだろうか,ぼくは)
訊いてみた。
(わかってるんだね,あそこから来たってことが)
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅱ)

と会話しており,「永遠の世界」から眺望する風景が生活世界の側にあることが仄めかされる。また,「ぼく」が「帰り道…」を連想するとき眺める真っ赤な夕焼け雲*17は,かつて生活世界から「オレ」が「どこまでも続く」「赤い世界」を想起して「空を見上げ」たとき仰いだ夕焼けと同じイメージを象る(要するに,同じイベントCGが用いられている)。

横断歩道の前に立つと,何気なく空を見上げていた。
………。
どうしてだろう…よくわからない。
ずっと続いている違和感。
ふと感じるのは,客観的なイメージとして,今の自分がここに存在しているということだ。
どこか…つまり,あの空の向こうとも比喩すべき場所にいる自分が,オレの存在をずっと見守っているような気がする。
こんがらがってきたな…。
何よりもそれらはイメージだ。
この空か…。
(『ONE〜輝く季節へ〜』共通シナリオ・12月9日)

浩平「帰るか」
その横を抜けて,歩き出す。
長森「うん」
長森が急いで横に並んだ。
長森「すごいね,真っ赤だよ,浩平」
浩平「そりゃ,おまえもだ」
長森「あはは,そうだよねー」
夕焼けの帰り道。
オレは斜めから差す陽に向かって,空を見上げた。
……
真っ赤な世界。
…どこまでも続く世界だ。
(『ONE〜輝く季節へ〜』長森瑞佳シナリオ・1月14日)

放課後の喧噪に包まれる廊下。
下校する生徒が昇降口に集まる中,オレは階段を駆け上がっていた。
その最上階で,鉄の扉を押し開ける。
それは予感にも似たものだった。
真っ赤な夕焼け。
そして,そこに佇む女性。
 
不意に先輩が天井を仰ぐ。
みさき「…今日は,どんな赤かな?」
オレもつられるように視線を上に向ける。
不意に飛び込む赤い世界。
一面の赤。
だけど,一色じゃない。
様々な赤。
形も様々。
すべてを浸食するように。
空に浮かんでいた。
(『ONE〜輝く季節へ〜』川名みさきシナリオ・2月3日)

  以上の通り断片的な情景描写ではあるが,このことから,少なくとも「永遠の世界」の側から生活世界の側を遠く眺めることが可能だと思われる。「永遠の世界」が生活世界と地続きでリアルな,物理的・地理的に実在する場所であるということは,このことから察せられる。しかし,他方で,この「永遠の世界」は

そしてその世界には,向かえる場所もなく,訪れる時間もない。
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅰ)

永遠,たどり着けない。
どれだけ歩いていっても,あの赤く染まった世界にはたどり着けないのだ。
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅱ)

もう,そこからはどこにもいけない場所。
すべてを断ち切った,孤立した場所にぼくは,ずっと居続けていたいんだ。
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅲ)

でもたどり着ける島なんて,ないんだ。
ないんだよ。
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅴ)

ひどく内閉的であり,生活世界の側との隔絶感が著しい。このように,空を志向して浮遊していく「永遠の世界」の風景からは,大地―生活世界の側から決定的に遊離していく感覚がもたらされるところが大きい*18

*1:あるいは,生活世界に在りながらにして「オレ」(折原浩平)が「永遠の世界」を物語る場面もある。後述。

*2:「ぼく」は彼女のことを「きみ」ではなく「キミ」あるいは「みずか」と呼ぶ。彼女を巡っては,拙稿「Tactics/Key諸作品におけるジュブナイル的主題の変遷と展開―通時性と共時性―(その1)」注釈17(同人誌『永遠の現在』271頁(2007年8月,C72,http://members.jcom.home.ne.jp/then-d/html/project.html)所収),then-d「Sweetheart,Sweetsland〜長森瑞佳論〜」2.「長森」と「みずか」の遊離,救いの言葉の行方(2006年8月初出,同人誌『永遠の現在』52頁(2007年8月,C72,http://members.jcom.home.ne.jp/then-d/html/project.html)所収),火塚たつや「えいえんの在処―えいえんは届いたか?」注釈3(同人誌『永遠の現在』309頁(2007年8月,C72,http://members.jcom.home.ne.jp/then-d/html/project.html)所収),cogni「麻枝准の文体/序論」注釈34(同人誌『永遠の現在』329頁(2007年8月,C72,http://members.jcom.home.ne.jp/then-d/html/project.html)所収)ほか,諸説ある。前述。

*3:ONE〜輝く季節へ〜』プロローグより。単に,「ぼく」が目を閉じているだけかもしれない。背景画が省略されただけの可能性―Tactics/Key諸作品では結構あることだ―もあるが,作品外の要因は考慮しない。

*4:おそらくは,積乱雲だろうが,断定をあえて避ける。

*5:ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅰより。

*6:ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅱより。

*7:ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅲより。「ぼく」は「また…悲しい風景だ」と独白し,「彼女」は「あたしにはキレイに見えるだけだけど…」とささやく。

*8:ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅳより。

*9:ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅴより。

*10:ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅵより。

*11:ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅶより。

*12:ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅷより。単に,「ぼく」が目を閉じているだけかもしれない。背景画が省略されただけの可能性―Tactics/Key諸作品では結構あることだ―もあるが,作品外の要因は考慮しない。

*13:ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅰより。

*14:ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅱより。

*15:河口付近?

*16:ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅱより。

*17:ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅶより。

*18:then-d「自己のコミュニケーションの彼方へ―『CLANNAD』論―」(2004年12月初出,同人誌『永遠の現在』174頁(2007年8月,C72,http://members.jcom.home.ne.jp/then-d/html/project.html)所収)による指摘。