Tactics/Key諸作品におけるファンタジー世界観〜時系列の共鳴・共振ないし円環構造,もしくは共時性〜(目次)

  本論は,『ONE〜輝く季節へ〜』『Kanon』『AIR』『CLANNAD』『リトルバスターズ!』各作品におけるファンタジー世界観について,(1)シナリオ相互の時系列に関する現象,あるいは(2)登場人物たちの想念による共時(シンクロ)に関する現象に着目し,その概観を試みることによって,Tactics/Key諸作品のシナリオ読解の一助とすることを目的とする。
  基本的に,拙稿は,過去のweb上の先行文献を踏まえつつ,Tactics/Keyゲーム評論集『永遠の現在』(2007年8月,theoria,C72)に収録されている諸論考で示された知見を受けて,書き下ろされたものである。

Tactics/Key諸作品におけるファンタジー世界観〜時系列の共鳴・共振ないし円環構造,もしくは共時性〜(14)

第2章 Tactics/Key諸作品のファンタジー世界観Ⅰ―『ONE〜輝く季節へ〜』の場合―

6.「永遠の世界」の終幕〜きみとぼくの想念が共時(シンクロ)するラストシーン

 
  『ONE〜輝く季節へ〜』のファンタジー世界観について,これまで検討してきた結論を,二つに要約するならば,下記の通りである。

  • 「永遠の世界」は,人の想念が呼応―共時(シンクロ)―して生み出すもう一つの実在世界であり,生活世界と遊離しているようで,実はしていない地続きな関係にある。
  • 生活世界と「永遠の世界」との間には交互影響関係ないし時系列の共鳴・共振が生じており,その結果,時制の乱れ,あるいは因果関係の倒錯が促される。

  ここでは,この二つの要約を踏まえながら,「永遠の世界」のラストシーン―永遠の世界Ⅸと,生活世界のラストシーン―個別シナリオのエピローグについて,シナリオ構成上の対称関係を検討し,それをもって『ONE〜輝く季節へ〜』におけるファンタジー世界観のまとめに代えることにしよう。
 

(1) 「永遠の世界」から絆を求める,ぼくの想念


駆け抜けるような4ヶ月だった。
そしてぼくは,幸せだったんだ。
(滅びに向かって進んでいるのに…?)
いや,だからこそなんだよ。
それを,知っていたからぼくはこんなにも悲しいんだよ。
滅びに向かうからこそ,すべてはかけがえのない瞬間だってことを。
こんな永遠なんて,もういらなかった。
だからこそ,あのときぼくは絆を求めたはずだったんだ。
…オレは。
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅸ)

  さて,いよいよ生活世界における過去の出来事を追想し終えると,「永遠の世界」に在る「ぼく」はその世界での意識を閉じて,かつて生活世界に在ったときと同じ「オレ」という一人称が再起動する*1 *2。このとき,「永遠の世界」における「ぼく」の視点は,青空と白い雲を見上げる位置に移っており,それまで遥か上空にあったところから,大地へ向かって明らかに沈降している。大気の中から大地の許へ。このような視点の変化によって,折原浩平が「永遠の世界」を離脱し,生活世界へ帰還することは出来事として印象付けられることになる。
  折原浩平が「永遠の世界」―ひいては永遠願望から脱却できたのは,生活世界に在るヒロイン=「きみ」とのかけがえない絆という物語化*3に成功し,「滅びに向かうからこそ,すべてはかけがえのない瞬間」なのだ,と恒常的に変化し続ける生活世界*4を肯定できたことによるところが大きい*5。というのも,「永遠の世界」に実在する内面世界としての側面があるとするならば,その世界に在った「ぼく」の自意識が移ろえば,世界自体に物理的な影響が及ぶことも大いにあり得るからである*6
 

(2) 生活世界から絆を確かめる,きみの想念

  他方で,折原浩平が生活世界から消失している間,ただひとり残された世界で彼の記憶を忘れずにいたヒロインの境地は,どのようなものとして描写されていただろうか。


留まっているのは思い出だけだ。
色あせない思い出…
その中に身を投じれば,わたしは辛くなる。
激しく,心が震えてしまう。
 
でも,それのほうがイヤな夢だったことに気付くとなにもかもを失った気さえする。*7
(『ONE〜輝く季節へ〜』長森瑞佳シナリオ・エピローグ)


ずっと去年の,あの時間に留まって…
あの頃の,あいつのそばに居た,一番輝いてた自分に留まって…
あいつのために綺麗でいられた,あの頃に留まって…
長かった…
  残酷…
………
…帰ろう
ずっとあたしがいなかった,現実に。
とりあえずこのドレスを仕舞って…
あいつとの時間をもう過去として終えるんだ…。
あたしは,ついに一歩を歩み出す。
(『ONE〜輝く季節へ〜』七瀬留美シナリオ・エピローグ)


一年分の,思い出いっぱい。
ひとりでがんばった思い出いっぱい。
いろんなひとにありがとう。
そしてさようなら。
(『ONE〜輝く季節へ〜椎名繭シナリオ・エピローグ)


ちょうど1年前のあの時,私はあの場所に座っていた。
その時の私の中は,不安しかなかった。
私が生きてゆける唯一の世界から旅立たねばならないことに,たとえようのない恐怖を感じていた。
 
だけど,そんな私の背中をポンと押してくれた人が居た。
 
だから私は戻ることができた。
自分の世界。
切望して止まなかった世界。
今,私はその場所に居る。
 
浩平君が私を送り出してくれたように…。
私は,今ここで浩平君を見送るよ。
(『ONE〜輝く季節へ〜』川名みさきシナリオ・エピローグ)


それでも,今度こそはって…。
その繰り返しだった。
無意味に繰り返される非日常。
 
あいつの居ない日常に再び身を投じて…。
(『ONE〜輝く季節へ〜』里村茜シナリオ・エピローグ)

  そのとき彼女たちが,過ぎ去ったと自覚するものが,折原浩平との「駆け抜けるような4ヶ月」の絆の時であることは注目に値する*8。生活世界に残したヒロインとの絆の深さが,「永遠の世界」に消え去った折原浩平を再び生活世界の側へと繋ぎ止めて*9くれるはずであるにもかかわらず,彼女たちは,その絆の時「から遠ざかっている」*10という心境を仄めかす。
  一見すると矛盾のようにも思われるが,これはまさに,折原浩平だけでなく,生活世界にいる彼女たちの側も,永遠願望に囚われることなく「滅びに向かうからこそ,すべてはかけがえのない瞬間」という境地に達したことを意味するのに他ならない。折原浩平とヒロインが求め合った絆の真価は,それが失われることを受け容れなければ,辿り着くことのできない境地にあるということである。

過ぎてゆくものだから,それは素敵なこと。
かけがえないもの。
 
失う。
そんな日常を失ってしまうのか…。
(『ONE〜輝く季節へ〜』長森瑞佳シナリオ・日付不明)


だからこそ,その移り変わりは早くて…。
退屈な生活は,その時々によって様々な姿を見せる…。
限りあるからこそ見えるもの…。
限りあるからこそ気づくもの…。
(『ONE〜輝く季節へ〜』里村茜シナリオ・エピローグ)


それでも,変わらないことなんてない…。
常に流れる時間に身を置いているからこそ,そこに存在するただ退屈なだけの日常を幸せだと感じることができる。
(『ONE〜輝く季節へ〜』椎名澪シナリオ・エピローグ)

 

(3) 想念がシンクロするとき,時系列も共鳴・共振する

  以上を踏まえると,「永遠の世界」に在る「ぼく」と,生活世界に在るヒロインの両者がともに,過去の際限ない延長的な永遠願望から脱却し,恒常的に変化し続ける現在に在ることを志向した瞬間,折原浩平の生活世界への帰還が明らかになるという点で,各個別シナリオの構成は通底しているということができる。
  このとき,少なくとも,「過ぎ去る」という通時的認識について,「ぼく」と「きみ」との間で共時(シンクロ)があったことだけは確かである。そして,その瞬間,「永遠の世界」にも「過ぎ去る」という律動が発生して生活世界との一瞬の接触が実現し,あるいは,時系列に即していえば,過去の時制と現在の時制が激しく共鳴・共振した,と把握することもできる。


そのとき,あたしは留めていた輝く時間が動き出す音を確かに聞いていた。
(『ONE〜輝く季節へ〜』七瀬留美シナリオ・エピローグ)

  ただし,ここで,前者の人と人の想念の共時(シンクロ)と,後者の世界同士の交互影響ないし時系列の共鳴・共振との間に,因果性や相関性といったメカニズムを見出すことは難しい。あくまでも,想念がシンクロするとき,時系列は共鳴・共振するのであって,想念がシンクロするから,時系列も共鳴・共振するのではない。両者の間に認められるのはせいぜい牽連性に過ぎず,関連付けはあくまでも仄めかしの域に留まっていることを,看過してはならないのである。(この章,了。文責:ぴ)

*1:拙稿「Tactics/Key諸作品におけるファンタジー世界観〜時系列の共鳴・共振ないし円環構造,もしくは共時性〜」第2章 Tactics/Key諸作品のファンタジー世界観Ⅰ―『ONE〜輝く季節へ〜』の場合―/2. 現象として地続きな,しかし生活世界と遊離する「永遠の世界」/空へと向かう「永遠の世界」の視界(2007年9月,http://d.hatena.ne.jp/milky_rosebud/20071203/p1)より。

*2:拙稿「Tactics/Key諸作品におけるファンタジー世界観〜時系列の共鳴・共振ないし円環構造,もしくは共時性〜」第2章 Tactics/Key諸作品のファンタジー世界観Ⅰ―『ONE〜輝く季節へ〜』の場合―/5.「永遠の世界」と生活世界の例外的な時制〜時系列の共鳴・共振〜/(4) 長森瑞佳シナリオ〜擬似的兄妹関係の終焉と反動〜(2007年9月,http://d.hatena.ne.jp/milky_rosebud/20071209/p1)より。

*3:出来事の意味を後付けすること。出来事が遡及的に発生するわけではない。

*4:過去の際限ない延長関係に対する執着や拘泥を特質とする永遠願望と,恒常的に変化し続ける現在概念を特質とする生活世界の対比については,then-d「智代アフター試論―Life is like a "Pendulum"―」3.ふたつの「永遠の現在」性(2006年12月初出,同人誌『永遠の現在』205頁(2007年8月,C72,http://members.jcom.home.ne.jp/then-d/html/project.html)所収)による検討。拙稿も基本的にはこの用例に従っている。

*5:拙稿「Tactics/Key諸作品におけるジュブナイル的主題の変遷と展開―通時性と共時性―(その1)」(同人誌『永遠の現在』270頁(2007年8月,C72,http://members.jcom.home.ne.jp/then-d/html/project.html)所収による検討。

*6:拙稿「Tactics/Key諸作品におけるファンタジー世界観〜時系列の共鳴・共振ないし円環構造,もしくは共時性〜」第2章 Tactics/Key諸作品のファンタジー世界観Ⅰ―『ONE〜輝く季節へ〜』の場合―/5.「永遠の世界」と生活世界の例外的な時制〜時系列の共鳴・共振〜/(1) ぼくは「永遠の世界」から,生活世界のきみを追想する(2007年9月,http://d.hatena.ne.jp/milky_rosebud/20071206/p1)より。

*7:長森瑞佳シナリオについては,then-d「Sweetheart,Sweetsland〜長森瑞佳論〜」3.長森の「永遠に到る病」(2006年8月初出,同人誌『永遠の現在』57頁(2007年8月,C72,http://members.jcom.home.ne.jp/then-d/html/project.html)所収)による検討。

*8:拙稿「Tactics/Key諸作品におけるジュブナイル的主題の変遷と展開―通時性と共時性―(その1)」(同人誌『永遠の現在』271頁(2007年8月,C72,http://members.jcom.home.ne.jp/then-d/html/project.html)所収による指摘。

*9:ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・エピローグより。

*10:ONE〜輝く季節へ〜』長森瑞佳シナリオ・エピローグより。

Tactics/Key諸作品におけるファンタジー世界観〜時系列の共鳴・共振ないし円環構造,もしくは共時性〜(13)

第2章 Tactics/Key諸作品のファンタジー世界観Ⅰ―『ONE〜輝く季節へ〜』の場合―

5.「永遠の世界」と生活世界の例外的な時制〜時系列の共鳴・共振〜

 

(9) 小まとめ〜時制の乱れを誘発する時系列の共鳴・共振ないし円環構造〜

  以上,実に長々と,『ONE〜輝く季節へ〜』各シナリオについて,生活世界と「永遠の世界」との間で交互影響関係,あるいは時系列の共鳴・共振が生じていると解釈できる余地を検討してみた。
  これは,換言すると,『ONE〜輝く季節へ〜』の物語中の出来事は,「過去→現在→未来」の時系列順に因果関係を把握することができないということである。たとえば,現在の折原浩平は,過去に確定された取り返しのつかない未来のせいで悲しむ。すなわち,現在の原因は未来であり,未来の原因は過去にある。その因果関係には時系列の倒錯があるといわざるを得ない。このような時制の乱れ*1は,Tactics/Key諸作品のシナリオ文体上の特徴として指摘されているところだが*2,『ONE〜輝く季節へ〜』のファンタジー世界観には,時制の乱れを周到に関連付ける側面もあるというべきなのである。
  そして,このような時制の乱れを誘発する―時系列の共鳴・共振ないし円環構造もまた,Tactics/Key諸作品のファンタジー世界観に特徴的なものであり,後発の『Kanon』における「夢の世界」,『AIR』における"The 1000th summer",『CLANNAD』における「幻想世界」,『リトルバスターズ!』における「虚構世界」*3ないし「夢の世界」*4は,いずれもこの観点から読み解くことが有効な端緒となるのである。

*1:たとえば,『AIR』オープニングテーマ「鳥の詩」(作詞:麻枝准)では,「変わらずにいられなかったこと悔しくて指を離す」が,もともとは,指を離したせいで変わらずにいられなかったのであり,変わらずにいられなかったから悔しいのではないのか。ところが,指を離す現在の原因は全て未来にあり,過去からの因果律が欠落している。

*2:cogni「麻枝准の文体/序論」(同人誌『永遠の現在』328頁(2007年8月,C72,http://members.jcom.home.ne.jp/then-d/html/project.html)所収),今木「CLOSED LOOP」2004年8月17日の項(http://imaki.hp.infoseek.co.jp/200408.html#17)/2002年8月10日の項(http://imaki.hp.infoseek.co.jp/p0208.shtml#10)による検討。

*3:一応,西園美魚シナリオで,「虚構」という言葉について触れる場面が一つあるのだが,秘密がある「この世界」のことを「虚構世界」と呼ぶ場面は一つもない。

*4:秘密がある「この世界」のことを手探り的に「夢」と言及する場面は極めて多いが,「夢の世界」と明言する場面はやはり一つもない。

Tactics/Key諸作品におけるファンタジー世界観〜時系列の共鳴・共振ないし円環構造,もしくは共時性〜(12)

第2章 Tactics/Key諸作品のファンタジー世界観Ⅰ―『ONE〜輝く季節へ〜』の場合―

5.「永遠の世界」と生活世界の例外的な時制〜時系列の共鳴・共振〜

 

(8) 川名みさきシナリオと里村茜シナリオ〜生活世界に「永遠の世界」のぼくがいる〜(シナリオ担当:久弥直樹)

  川名みさきシナリオと里村茜シナリオでは,二つの世界の間での交互影響関係,あるいは時系列の共鳴・共振が他のシナリオと比べて符丁的に描写されているので,まとめて検討することにしたい。
  まず,両シナリオとも,風が吹き,雲が動き,草の匂いを感じるという律動に「永遠の世界」が転じる描写に呼応して,生活世界の側で恋愛関係が深まっていく様子が描かれている(具体的な描写はいちいち引用しない)。


(ねぇ,たとえば草むらの上に転がって,風を感じるなんてことは,もうできないのかな)▽
(『ONE〜輝く季節へ〜』川名みさき/里村茜シナリオ・12月15日起床前/永遠の世界Ⅳ)

  そして,実況調一人称の叙述に,ふと過去形による叙述が一瞬混在する。これらの場面では,生活世界の折原浩平がそのとき連続して独白・発言したものであることが担保されている。したがって,二つの世界の間での交互影響関係,あるいは時系列の共鳴・共振を強く示唆することになる。

良くも悪くも穏やかな日常の中に身を投じる…。
退屈で,
他愛なくて,
くだらなくて,
…そして,幸せだった。▼
…そんな日常が…。
……。
浩平「…どうなるって言うんだ」△
わざと声に出して呟く。
くだらない感慨だ。
どうなるものでもない。
オレは,その日常の中に居る。
そしてこれからも…。
……。
(『ONE〜輝く季節へ〜』川名みさきシナリオ・1月1日)


新学期が始まれば,また学校だ。そして,またお祭り騒ぎのような日常が始まる。
去年と何も変わらない。
くだらなくて,退屈で…。
でも,楽しかった日常。
…そうなるはずだった。▼
……
浩平「…だった?」△
オレは何を言ってるんだ…。
………
(『ONE〜輝く季節へ〜』里村茜シナリオ・1月5日)


日当たりの良い廊下にそそがれる,暖かな木漏れ日を抜け,昇降口へ。
そして,そのまま中庭へと抜ける。
茜「靴,履き替えないんですか?」
浩平「まあ,大丈夫だろう。雨も降ってないしな」
茜「…はい」
…幸せな日常。
…壊れることのない日常。
…日常はどこまで行っても日常で。
…それが幸せで。
……。
…でも。
…にちじょうが壊れることにきづいて。
…えいえんなんてないことにきづいて。
…ぜつぼうして。
…でも,あきらめることができなくて。
…ないはずのえいえんをもとめて。
……。
…そして。
……。
…その場所にオレは足を踏み入れていた。▼
 
茜「…嘘つき」▲▽
浩平「…え?」
すぐ側から茜の声が聞こえて,オレは現実に引き戻された。△
(『ONE〜輝く季節へ〜』里村茜シナリオ・3月9日)

  また,「永遠の世界」の「ぼく」が「帰り道…」を想う直前,川名みさきシナリオでは,折原浩平と川名みさきの二人が,校舎内を教室,屋上,学食,帰り道(といっても,みさき先輩の家は学校の目と鼻の先だが)と,みさき先輩の行動範囲を目いっぱい歩き回る。里村茜シナリオでは,折原浩平と里村茜は初めてのデートを待ち合わせ,どしゃぶりの公園へと遠出する。このような生活世界の場面の挿入のされ方も,やはり二つの世界の間での交互影響関係,あるいは時系列の共鳴・共振を,それぞれ示唆する。

先輩と二人で歩いて行く日常。
でも…。
  …あるよ…
みさき「どうしたの?」
  …えいえんはあるよ…▼
浩平「いや,何でもない」
呟いて先輩の元に駆け寄る。
この日常が壊れることなんてないと,
ずっとそう思ってた…。
(『ONE〜輝く季節へ〜』川名みさきシナリオ・1月8日)

 
茜の唇から熱い吐息が漏れ,何かの言葉を紡ぐ。
『…どこにも行かないですよね』
……。
…頷きたかった。
…ほんの少しでも,首を縦に振りたかった。
…茜を,大好きな人を安心させたかった。
…だけど。
  あるよ
…その時のオレは。
  えいえんはあるよ▼
…固まったように,頷くことさえできなかった…。
(『ONE〜輝く季節へ〜』里村茜シナリオ・2月6日)

*両シナリオとも,この直後,生活世界から永遠の世界Ⅶへ切り替わる*
帰り道…
(ん…?)
帰り道を見ている気がするよ。▲
(そう…?)
うん。遠く出かけたんだ,その日は。▲
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅶ)

  シナリオ終盤,生活世界の「オレ」が,放課後の校舎の屋上から*1,あるいは学校の帰り道で*2夕焼け空に心奪われると,「永遠の世界」の「ぼく」へと視点が暗転し*3,やがて再び生活世界の夕焼けに視点が回帰する。このとき,両シナリオでも,二つの世界の間で最大の交互影響関係,あるいは時系列の共鳴・共振が生じていると見る余地があることは,上月澪シナリオの場合と同様である。

だからこそ,あのときぼくは絆を求めたはずだったんだ。▼
…オレは。▽
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅸ)

*両シナリオとも,この直後,永遠の世界Ⅸから生活世界へ切り替わる*
浩平「…みさき…先輩」
不意に発した声が震えていた。
喧嘩で負けた子供が,涙を我慢しているように…。
みさき「どうしたの? 浩平君」
浩平「もし…,もしもだ」
みさき「うん」
浩平「オレが先輩のことを忘れたらどうする?」△
 
浩平「…いや,何でもない」
それは予感にも似たものだった。
永遠はあったんだ。
そのことにも気づいていた。
だけど知らないふりをしていた。
……。
この世界からいなくなったら,ぼくはどうなるんだろう…。▲
(『ONE〜輝く季節へ〜』川名みさきシナリオ・2月3日)

 
こみ上げる涙が頬を伝って流れ落ちていた。
それは確かな確信だった。
あの日,オレの切望した世界がその向こうにあった。
オレはその世界に行くのだろうか…。
すると,この世界のオレはどうなるんだろうか…。△
 
時間は移ろいゆくものの象徴。
永遠なんてないって…。
止まらない時間なんてないって…。
ぼくはずっとそう思っていた。▲
(『ONE〜輝く季節へ〜』里村茜シナリオ・3月16日)


*生活世界に在る折原浩平の一人称が,「オレ」から「ぼく」へと浸潤されてしまう場面。二つの世界の間で,能動性と固定性とが目まぐるしく,まるで振り子運動のように激しく交差している。

*1:ONE〜輝く季節へ〜』川名みさきシナリオ・2月3日より。

*2:ONE〜輝く季節へ〜』里村茜シナリオ・3月16日より。

*3:ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅷ〜折原みさおについての追想〜永遠の盟約〜永遠の世界Ⅸより。

Tactics/Key諸作品におけるファンタジー世界観〜時系列の共鳴・共振ないし円環構造,もしくは共時性〜(11)

第2章 Tactics/Key諸作品のファンタジー世界観Ⅰ―『ONE〜輝く季節へ〜』の場合―

5.「永遠の世界」と生活世界の例外的な時制〜時系列の共鳴・共振〜

 

(7) 上月澪シナリオ〜兄の罪悪感と幸福への躊躇―長森瑞佳シナリオとは異なるアプローチで〜(シナリオ担当:久弥直樹)

  上月澪シナリオについては,時系列に関する事項よりも先に,亡き実妹みさおにとって「いい兄であり続け」ることができなかった折原浩平の兄としての挫折と罪悪感が,長森瑞佳シナリオとは異なるアプローチから採り上げられていることを,指摘しておかなければならない。


深山「ダメよ,上月さんいじめたら」
いつから居たのか部長さんが立っていた。
浩平「別にいじめてるわけじゃないって」
深山「せっかく,可愛い彼女なのに」
浩平「…は?」
思わぬ言葉に,聞き返す。
深山「え? 違うの?」
浩平「全然違うっ!」
深山「そうなんだ…お似合いのカップルだと思ってたのに…」
浩平「第一,どう考えてもあいつは恋人ってタイプじゃないだろ」
深山「…どうして?」
オレの言葉に,部長さんが真剣な表情で問い返す。
<選択肢:妹みたいなものだから>
浩平「あいつは妹みたいなものだからな」
浩平「恋人とか恋愛対象として見るわけないだろ?」
浩平「オレがあいつの側に居るのは,ただ心配だからだ」
浩平「それ以外の理由は何もない」
深山「…でもそれは,折原君の一方的な考えでしょ?」
浩平「あいつだってオレの事を何とも思ってないって」
深山「…本当にそう思う?」
浩平「当たり前だ」
深山「…そっか」
悲しそうに最後の言葉を締めくくる。
深山「嘘ついてないといいけどね」
浩平「……」
(『ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・2月11日)

  生活世界での折原浩平は,上月澪との交流を深めていくうち,彼女との関係性を擬似的兄妹関係にたとえて,繰り返し自分に言い聞かせ,周囲にも強調することが多い*1。このような折原浩平が上月澪との恋愛関係への進展を躊躇する一連の描写は,単に彼女が折原浩平よりも年下であることだけによるものではない。折原浩平がみさおの存在自体を無意識下封印している可能性は先に指摘した通りだが,

はぐはぐとフルーツを口に運ぶ澪。
浩平「……」
口の端にクリームをつけながらパフェと格闘する澪を眺めながら,もし本当に妹がいたらこんな感じなんだろうかと想像する。
(『ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・12月19日)


*他のシナリオでは仄めかしに留まっていたが,上月澪シナリオでは,折原浩平がみさおの存在自体を無意識下に封印していることが,はっきりと明かされている。

そこそこ大きな店内には,何とかセールのうたい文句を掲げた札と共に,たくさんの服が並べられていた。
澪「……」
澪は,綺麗に着飾られたマネキンを羨ましそうに見つめていた。
こんなのに興味があるってことは,やっぱり澪も女の子だったんだな…。
普段は全く見られない女の子らしい一面を垣間見て,なぜか複雑な気分だった。
(『ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・2月6日)


*だからこそ,折原浩平が「妹」なはずの上月澪に異性を感じると,きわめて当惑することになる。
他方で,上月澪と出会ったとき折原浩平は彼女の名前の発音「みお」(「みさお」との一字違い)に「何か引っかかりを覚え」る*2。この場面については,先に検討した際,長森瑞佳シナリオとの関連では「それ以上具体的に思い至ることがない」と捨象されることになったが,上月澪シナリオとの関連では,俄然,無意識のうちにみさおの面影を上月澪へ追い求め,彼女を演劇部で手助けすることによって,赦されることの決してない兄としての罪悪感*3を埋め合わせようとする折原浩平の姿が浮かび上がってくる。

浩平「……」
オレ,何やってんだろうな…。
でも,不思議と充実感があった。
心の中にぽっかりと空いた空白が埋まっていくようだった。
浩平「…こんなのもいいかもな」
オレは背中を赤く照らされながら,ゆっくりと家路についた。
(『ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・12月24日)

  たとえば,生活世界の折原浩平が上月澪に「妹」を具体的に見出した瞬間は,12月21日,上月澪が夜の校舎へ忘れたスケッチブックを取りに戻るのに付き添ったときと思われるが,これ以降,彼が上月澪と接するときの所作には,生前のみさおにしてあげたくてついにできなかった―泣く妹を慰める振る舞い*4 *5と重なるものが繰り返される。

浩平「…ほら,あと少しだからがんばれ」
澪「……」
えぐ…,と涙目で頷く。
浩平「…よしよし」▼
なんか,本当に年の離れた妹って感じだな…。
(『ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・12月21日)

 
澪「……」
…ふるふる。
涙を浮かべながら首を振る。
浩平「そのままじゃ,練習にならないだろ…」
澪「……」
…うん。
頷いて,そしてオレの方にゆっくりと歩いてくる。
浩平「よしよし」▼
澪の頭をぽんと手を置いてやる。
(『ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・1月6日)

 
「うあーーーーん,うあーーーんっ!」
「うー…ごめんな,みさお
「うぐっ…うん,わかった…」
よしよし,と頭を撫でる。▲
「いい子だな,みさおは」
(『ONE〜輝く季節へ〜』折原みさおについての追想)

  また,「永遠の世界」の「ぼく」が「帰り道…」を想う直前,上月澪シナリオでは,生活世界の折原浩平と上月澪の二人が,演劇部の練習場所を探して校舎内をあちこちで歩く場面が挿入されており,二つの世界の間での交互影響関係,あるいは時系列の共鳴・共振を示唆する。

冷たい風が吹く中庭。
その風が暖かさを帯びたとき。
…果たしてオレはどこに立っているんだろう。▼
すぐ横で,赤くなった手のひらを暖めている澪の姿を見つめながら,ふとそんなことを考えていた。
(『ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・1月6日放課後)

 
帰り道…
(ん…?)
帰り道を見ている気がするよ。
(そう…?)
うん。遠く出かけたんだ,その日は。△
(うん)
日も暮れて,空を見上げると,それは違う空なんだ。いつもとは。
違う方向に進む人生に続いてるんだ,その空は。
(『ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・1月6日就寝後/永遠の世界Ⅶ)

  そして,実況調一人称の叙述に,ふと過去形による叙述が一瞬混在する。この場面は,もちろん,この生活世界での出来事が「永遠の世界」からの追想であるという叙述トリックを仄めかす場面と把握することもできるが,久弥直樹氏が執筆した上月澪シナリオ・川名みさきシナリオ・里村茜シナリオを横断的に解釈すると*6,二つの世界の間での交互影響関係,あるいは時系列の共鳴・共振が生じていると見ることもできる。

どうもこういう店は居心地が悪い。
しかも澪と一緒だとなおさらだ。▼
なんか兄姉でお買物に来ているみたいじゃないか…。
澪「……」
真新しい服を抱きしめるように身体全体で抱えて,とことことレジに向かう澪。
浩平「…ってあいつ金持ってないな」
苦笑しながら,澪の後を追う。
手のかかる妹。
本当にそんな感じだった。
これからもずっと…。▼
そうだと思っていた…。▼
(『ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・2月6日)

ずっと,みさおと一緒にいられると思っていた。▲
(『ONE〜輝く季節へ〜』折原みさおについての追想)

  シナリオ終盤,生活世界の「オレ」が,放課後の教室から「窓ガラス越しに真っ赤な夕焼け」に心奪われると*7,「永遠の世界」の「ぼく」へと視点が暗転し*8,やがて再び生活世界の夕焼けに視点が回帰する*9。このとき,上月澪シナリオでも,二つの世界の間で最大の交互影響関係,あるいは時系列の共鳴・共振が生じていると見る余地がある。

こんな悲しいことが待っていることを,ぼくは知らずに生きていた。▼
 
悲しみに向かって生きているのなら,この場所に留まっていたい。▼
ずっと,みさおと一緒にいた場所にいたい。
(『ONE〜輝く季節へ〜』折原みさおについての追想)

 
「悲しいことがあったんだ…」
「…ずっと続くと思ってたんだ。楽しい日々が」
「でも,永遠なんてなかったんだ」▽
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の盟約)

 
こんな永遠なんて,もういらなかった。
だからこそ,あのときぼくは絆を求めたはずだったんだ。
…オレは。▽
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅸ)

*この直後,永遠の世界Ⅸから生活世界へ切り替わる*
浩平「…なぁ,澪」
夕焼けから目をそらすことなく隣に佇む澪に声をかける。
澪「……?」
浩平「オレのこと好きか?」△
 
あの幼かった日に…。
いったい,オレは何を望んだのだろう…。▲
永遠…?
そんなものがあるはずないって…。△
あのときのぼくは知らなかったんだ。▲
(『ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・2月8日)


*生活世界に在る折原浩平の一人称が,「オレ」から「ぼく」へと浸潤されてしまう場面。二つの世界の間で,能動性と固定性とが目まぐるしく,まるで振り子運動のように激しく交差している。
  ただし,上月澪シナリオでは,個別シナリオへの分岐が比較的遅いため,他のシナリオでは特徴的に用いられている―風が吹き,雲が動き,草の匂いを感じるという律動に「永遠の世界」が転じる描写(永遠の世界Ⅳ)が特段の意味を備えていない点には注意を要する。

*1:ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・12月21日/12月22日/2月6日/2月11日/3月7日より。

*2:ONE〜輝く季節へ〜』共通シナリオ・12月10日より。

*3:上月澪に対する罪悪感について,生活世界の折原浩平は,幼少期に彼女と既に出会っていて,そのときに約束を破ったからだと説明するが,それはまた別の物語化である。『ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・12月21日夜/折原浩平の夢より。

*4:実際の折原みさおは,折原浩平が慰める前に,自分で泣き止むような子だったふしがある。それでも,彼は「みさおが泣きやむのが早いのは[…]ぼくが[…]みさおにとってはいい兄であり続けていたからだ」と信じたかったのである。『ONE〜輝く季節へ〜』折原みさおについての追想より。

*5:この検討は,くるぶしあんよ「兄の罪とその赦し〜『ONE』と『シスター・プリンセス』〜」(同人誌『永遠の現在』408頁(2007年8月,C72,http://members.jcom.home.ne.jp/then-d/html/project.html)所収)の上月澪シナリオへの当てはめでもある。

*6:川名みさきシナリオと里村茜シナリオで後述する。

*7:ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・2月8日より。

*8:ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅷ〜折原みさおについての追想〜永遠の盟約〜永遠の世界Ⅸより。

*9:ONE〜輝く季節へ〜』上月澪シナリオ・2月8日より。

Tactics/Key諸作品におけるファンタジー世界観〜時系列の共鳴・共振ないし円環構造,もしくは共時性〜(10)

第2章 Tactics/Key諸作品のファンタジー世界観Ⅰ―『ONE〜輝く季節へ〜』の場合―

5.「永遠の世界」と生活世界の例外的な時制〜時系列の共鳴・共振〜

 

(6) 椎名繭シナリオ〜きみは,かつてのオレと似ている〜(シナリオ担当:麻枝准)

  椎名繭シナリオには,全シナリオを通じて唯一,一人称の「…オレは」という言い回しが「永遠の世界」と生活世界との間で交差する描写があるが,


だって,オレも椎名を必要とし始めていることに,初めて気づいたからだ。▽
まだまだ椎名の言葉は拙かったけど,オレは誰よりもそれが理解できるし,そして,そんな言葉を聞き続けてやりたかったのだ。
…オレは。▽
(『ONE〜輝く季節へ〜椎名繭シナリオ・1月某日)

だからこそ,あのときぼくは絆を求めたはずだったんだ。△
…オレは。△
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅸ)

むしろ,このシナリオの折原浩平が妹のみさおと死別した自らの過去と永遠願望について自覚していて,長森瑞佳のほうもこの点を心得ているかのようであることのほうが,よほど特徴的だろう。

オレに似ているな,と思った。
長森だってそう思っていたことだろう。
ただ環境が違っただけだ。それだけなんだと思う…。
 
ずっと自分の殻の中に閉じこもって,ずっと子供のままでいる椎名。
その殻から這い出ようとしている。親友の死をきっかけに。
なら,後押ししてやりたい。
オレだって,かつて同じだったんだから。
長森「ほんとに,できるのかな,そんなこと」
浩平「大丈夫だって」
オレは頭の中で,段取りを整えていた。
(『ONE〜輝く季節へ〜椎名繭シナリオ・12月8日)

  ただし,折原浩平が兄としての挫折と罪悪感を克服し切れてはなく,それをかろうじて慰謝し続けてきた長森瑞佳との擬似的兄妹関係が終焉する構図を踏まえることが有効なのは,椎名繭シナリオでも変わりないのだが,長森瑞佳シナリオと違って仄めかし的な背景事情に後退しているので,単純に同一視することはできない。「永遠の世界」発生のメカニズムについてシナリオ横断的に整合する解釈を導き得ないことは既に検討したところだが,椎名繭シナリオにもこの点が当てはまるということである。
  また,椎名繭シナリオでは,個別シナリオへの分岐が比較的遅いため,他のシナリオでは特徴的に用いられている―風が吹き,雲が動き,草の匂いを感じるという律動に「永遠の世界」が転じる描写(永遠の世界Ⅳ)が特段の意味を備えないなど,整合的解釈を妨げる穴が多く含まれている。

Tactics/Key諸作品におけるファンタジー世界観〜時系列の共鳴・共振ないし円環構造,もしくは共時性〜(10)

第2章 Tactics/Key諸作品のファンタジー世界観Ⅰ―『ONE〜輝く季節へ〜』の場合―

5.「永遠の世界」と生活世界の例外的な時制〜時系列の共鳴・共振〜

 

(5) 七瀬留美シナリオ〜「水たまり」で跳ね回る子供から大人へ〜(シナリオ担当:麻枝准)

  七瀬留美シナリオの場合でも,「永遠の世界」で風が吹き,雲が動き,草の匂いを感じるという律動に転じた決定的な描写が現れる前後,それに呼応するかのように,生活世界で折原浩平と七瀬留美が「小学生だったふたりが,大人になるまでを二ヶ月で経験」*1するような恋愛関係へ急速に踏み込んでいく描写が用意されており,二つの世界の間での交互影響関係,あるいは時系列の共鳴・共振が仄めかされている。


浩平「じゃあな,七瀬」
七瀬「うん,ばいばい」
オレは先に,自分の帰り道のほうへと歩き始めた。
七瀬「あ,折原っ」
浩平「うん?」
七瀬がオレを呼び止めていた。
七瀬「えっと…ボディガード,ご苦労様っ」▽
浩平「はい?」
一瞬わけがわからなかったが,すぐそういうことか,と理解する。
浩平「気ぃつけて帰れよ。ここからはオレの管轄外だからな」
七瀬「うん」
そんな他人が聞いてもわけがわからないようなやり取りをして,オレたちは別れた。
(『ONE〜輝く季節へ〜』七瀬留美シナリオ・12月14日放課後)

*この直後,生活世界から永遠の世界Ⅳへ切り替わる*
(ねぇ,たとえば草むらの上に転がって,風を感じるなんてことは,もうできないのかな)△▽
(『ONE〜輝く季節へ〜』七瀬留美シナリオ・12月15日起床前/永遠の世界?)

*この直後から,生活世界ではいわゆる画鋲ネタのエピソードが始まる*
レジで勘定を済ませる七瀬の背中を見ていると,不思議な違和感がわく。
そうか…長森じゃないんだな。
オレは長森じゃない女の子とふたりきりで街を歩いてるんだな。△
七瀬「おまたせ」
浩平「ん,ああ。いこうか」
その後,定番通りといえばなんだが,ハンバーガーショップで軽く腹を膨らませた。
七瀬「じゃあ,そろそろ帰るね」
浩平「ああ,じゃあな」
七瀬「うん,ばいばい」
くるりと背中を向け,オレとは別の帰り道を歩いてゆく。
七瀬「あ,そうだ」
その途中で振り返る。
七瀬「楽しかったよ,今日は」
浩平「そうか。そりゃよかった」
七瀬「うん,じゃあ,また明日」△
………。
(『ONE〜輝く季節へ〜』七瀬留美シナリオ・12月18日放課後)

  また,七瀬留美シナリオには,シナリオ構成として叙述される箇所が相当離れていることを度外視しても,次の通り,時系列の共鳴・共振が「水たまり」のモチーフを介して発生していると考えられる場面がある。

とても幸せだった…
それが日常であることをぼくは,ときどき忘れてしまうほどだった。
そして,ふと感謝する。
ありがとう,と。
こんな幸せな日常に。
水たまりを駆けぬけ,その跳ねた泥がズボンのすそに付くことだって,それは幸せの小さなかけらだった。
永遠に続くと思ってた。
ずっとぼくは水たまりで跳ね回っていられると思ってた。▼
幸せのかけらを集めていられるのだと思ってた。
でも壊れるのは一瞬だった。▽
(『ONE〜輝く季節へ〜』プロローグ)

 
七瀬の言うとおり,いつの間にか雨はやみ,雲の間から顔を覗かせた太陽の光を浴びて中庭は輝き始めていた。
浩平「帰るか」
七瀬「うん」
ただ,オレは,失われてゆくものだけに美しいことを知っていった。▽
浩平「うりゃっ」
わざと水たまりを踏んで歩く。
七瀬「折原,やめなって。ほら,裾汚れてるよ?」
浩平「そんなものは洗えば済むだろ」
それよりも,オレにはこの一瞬が大事なんだ。△
浩平「ほら,ここまでこいよ」
七瀬「えーっ…そんな水たまり越えられないって…」
浩平「どうして。七瀬はスポーツ少女だったんだろ?」
七瀬「うーん…無理だと思うよ?」
浩平「ま,やってみなって」
七瀬「うん。じゃあ,いくよ? 泥が飛び跳ねてもしらないよ?」
浩平「ああ,おまえだったら大丈…」
バチャアアァァァーーーンッ!
浩平「………」
七瀬「やっぱダメだったぁ…あははっ」
浩平「おまえ…わざとだろ…」
七瀬「そんなことないって。こんなのムリムリ。ぜんぜん跳べないよ」
浩平「ばかなことを言うな。駅のホームからホームに飛び移れるぐらいなら容易いはずだろ」
七瀬「いつそんなことできるって言ったのよっ」
浩平「間違った。ビルとビルの間か」
七瀬「距離延びてるって」
浩平「まったく可愛い子ぶるから,上着まで泥が飛んだじゃないか…」
七瀬「だから飛ぶよって言ったのに」
ただ子供のようにはしゃぐ。▲
童心に帰ったように。
浩平「ん…」
その目で,夕焼けの空を仰いだとき,ひとつのイメージが頭の中に広がった。▼
……
真っ赤な世界。
…どこまでも続く世界だ。
(『ONE〜輝く季節へ〜』七瀬留美シナリオ・3月某日)

*この直後,生活世界から永遠の世界Ⅷへ切り替わる*
また,ぼくはこんな場所にいる…。▲
悲しい場所だ…。
ちがう
もうぼくは知ってるんだ。△
だから悲しいんだ。
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅷ)

  そして,「永遠の世界」と生活世界は,滅びに向かう悲しみ薄れゆく恐怖感求めた絆繋いだ手,とモチーフを交差させる中,二つの世界に在る「ぼく」と「オレ」の一人称が呼応するかのように「オレ」と揃う瞬間,決定的な交互影響を及ぼし合い,その時系列の共鳴・共振が最大に達する,と把握できる余地を七瀬留美シナリオにも認めることができる。

それを,知っていたからぼくはこんなにも悲しいんだよ。
滅びに向かうからこそ,すべてはかけがえのない瞬間だってことを。
こんな永遠なんて,もういらなかった。
だからこそ,あのときぼくは絆を求めたはずだったんだ。
…オレは。▽
(『ONE〜輝く季節へ〜』永遠の世界Ⅸ)

*この直後,永遠の世界Ⅸから生活世界へ切り替わる*
オレは七瀬の手を握っていた。△
七瀬「えっ? どうしたの,急に?」
浩平「いや……」
…薄れてゆく存在。
その違和感が恐かった。
(『ONE〜輝く季節へ〜』七瀬留美シナリオ・3月某日)

*1:ONE〜輝く季節へ〜』七瀬留美シナリオ・1月8日より。